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Position 7

 

 

「行ってきま〜す」

 誰もいない家に一応の挨拶をする。そして、玄関の施錠をして溜息をひとつついた。昨日は、自分でも理解できない感情に支配され、キバやチョウジを無視する形で帰宅してしまった。その後、シカマルからメールが届いたのだが、なんとなく気まずくて返信もできないで朝を迎え、重たい気持ちは継続中。

 無意識の溜息が漏れる。ミナトはちょうど出張で家を空けており、ナルトとしては都合が良かった。こんな状態で父親に会って、あれこれと詮索されても上手い言い訳なんて出てこないだろう。

 本当は学校にだって行きたくない。もやもやした気持ちを引きずったまま、友人たちと顔を合わせたくないのだ。だけれど、ちゃんとした理由がないまま学校を休んだ事がミナトにばれたら、それはそれでマズイ事になる。

「最悪だってばよ…」

 見上げた空は灰色で、それもどんよりと暗い。ナルトの気持ちを代弁しているような怪しい空。アプローチを抜けて、門扉に差し掛かる。そして、また溜息。

「ガッコ、行きたくねえってばよ」

「んじゃ、一緒にサボるか?」

 ナルトは降ってきた声にびくんと身体をすくませる。そして、声がした方にゆっくりと顔を向けた。

「あ……、どうして」

 門扉と続く壁に凭れかかるようにして立っているシカマルを見上げて、目を大きくした。

「どうしてじゃねえよ。人のメール思いっきり無視してたくせによ」

「それは、その…ごめん」

 眉を顰めてシカマルを見ると、ナルトの眉間のシワを突きながら彼は笑った。

「別に怒ってねえよ」

「ホントに…?」

「そうだな。お前が嘘ついてないから、怒らねえよ」

「嘘?」

 きょとんとしたナルトの頭をぐりぐりと撫ぜる。ナルトは驚いたのか、大きな瞳をもっと大きくさせた。

「そ。ばれるような嘘とかつかねーのがいいんだろ?言い訳もしねえで、ちゃんと俺に悪いと思って謝った」

 シカマルはナルトの瞳の色が好きだ。吸い込まれてしまいそうな、空と同じ色の瞳。明るい光に照らされて綺麗だと思う。

「な、ナルト」

「なんだってばよ?」

「やっぱ、サボろうぜ。学校」

 優しい笑みを向けられて、ナルトは赤面してしまう。シカマルはいつだってナルトの話を最後まで聞いてくれる。そして、彼なりの物差しで判断してくれるのだ。世間一般の常識云々でない、彼らしい解釈。そんな柔軟な性格が羨ましい。最初は、自分にはない部分にナルトは惹かれたのだ。憧れに酷似しているその感情が友人に対するそれでないと認識したのは、シカマルが最初の彼女を作った時だと思う。

「どこ行くんだってばよ」

「考えてねえよ。今、思いついたんだからよ。ま、街中はやべーだろうな。補導とかされるとめんどくせー事になるしな」

 自然にシカマルの手がナルトの手に触れた。そのまま手をつながれて、ぐいっと引っ張られる。

「とにかく、行くか」

 目的も何もない。ただ、触れた指が熱くて、それでもなんだかくすぐったくてナルトは思わず笑みがこぼれてしまう。

 当てもなく、特に遊びに行くわけでもなくぶらぶらと歩いてたどり着いたのは公園である。そこはナルトやシカマルの家から然程離れていない。贅沢に作られた公園は緑が多い。大きなため池が公園の中央にあり、それを挟むように遊具のあるゾーンと芝生のゾーンに分かれている。そして、大きな木々が立ち並ぶ遊歩道。点在するベンチは程よく木陰になっていて、今の季節でも涼しくも感じる。ナルトは数日前の夕方にシカマルとこの公園で話をしたのだと思い出した。遊具が設置されているゾーンは子供連れの親子でひしめき合っているだろうという事で、遊歩道をぷらぷら歩きながら人気のないベンチに腰を落ち着けた。

「たまには誰かと一緒にサボりもいいもんだな」

「オレってば、こんなん初めてだってばよ」

 へへっと笑ったナルトは照れたように少し伸びた前髪を触っている。

「初めて?」

「シカマルって、いつもサボってんのかって…」

「ま、たまーに学校の屋上とか保健室とかで惰眠を貪る」

 彼らしい行動にナルトが吹き出す。その笑顔を見て、シカマルもふっと笑った。シカマルの記憶の一番新しい所に記憶されたナルトの顔は、困惑したような泣き出しそうな表情だった。それが昨日の夕方の出来事なのだが、今日のナルトの笑顔で上書きされる。

 二人の間を、さあっと気持ちのいい風が吹き抜けた。

「なぁ、ナルト」

「ん?」

 静かに名前を呼ぶシカマルの声にナルトは顔を上げる。自分を見つめていたシカマルと視線が合った。

「お前、昨日なんでいきなり帰ったんだよ」

「……それは、本当にゴメン。キバやチョウジにも謝らなくちゃいけねえよな」

「本当に怒ってたのか? 俺には、そんな風には見えなかったけどな」

 ナルトは口を噤む。確かに怒ってなどいない。癇癪に近いものだから、怒っていると勘違いされてもしょうがないが、正確に言うとやっぱり違うのだと思う。

「それは……」

「ちゃんと説明しろよ?」

「上手く言えねえんだけど、仲間で居る時に……違うな。なんだろ。ダチで一緒に居たのに、その雰囲気をオレが壊したみてーで……」

「ああ、そうゆう事かよ」

「えっ!!今ので分かったの?」

 ナルトはぽかんと口を開ける。こんな自分でも理解不能な説明でシカマルは全てを把握してしまったと言うのだから驚きだ。パチパチと瞬きをしてシカマルを凝視すると、また彼がふっと笑った。

「今の、すげーバカにした笑いだったって!」

「なんか、口ぱくぱくさせてんのがウチの鯉を連想させたっちゅうか、うけた」

「コイと一緒にすんなっ!」

「悪りぃ、悪りぃ」

 ちっとも悪びれた風でないシカマルにナルトはぷうっと頬を膨らませる。そのほっぺたをシカマルの指がつんつんと突いた。

「膨れんなよ。お前は錦鯉よりも可愛いツラしてんだからよ」

「かっか…可愛いとか言うなってば!!」

 いつのも調子を取り戻したナルトにシカマルはけらけらと笑う。それが癪に障ったのか、ナルトはまたツンと顔を背けた。

「おいおい、マジで怒るなって。話を戻すけど、昨日のアレ。チョウジの言った事は本当だぜ?」

「……? どうゆ、事?」

「マーキングってのは上手い事言われた感があるけど、まんざら嘘でもねえし」

「わざと…って事?」

「そう。俺は見せつけたぜ?」

「見せつける?」

 思わず復唱したナルトは驚きを隠せない顔つきでシカマルを凝視する。誰に対しても気後れしないシカマルの横柄に見える態度に驚いてしまった。

「悪りぃかよ」

「よく分かんねえけど……」

「だから、お前は何も悪くねえし。どうせ、自分のせいでナントカとか思ってた口じゃねえの?」

 それもビンゴである。一番悪いのは、幼馴染を好きになった自分だとナルトは思っていた。絶妙なバランスを最初に崩したのは自分だと。

「四人で仲良くしてたから、なんか……それが違うくなったみてーで。それって、オレが……」

「それ、悪りぃ事かって聞いてるだろ?」

「だって」

「だってもクソもねえ。お前が俺を好きだって事、悪い事だと思ってるって事だよな。つまり、付き合うと言った俺も一蓮托生で悪いって事じゃねえのか?」

「シカマルは何も悪くないっ!」

「悪いだろ?キバやチョウジに見せつけたのは、俺」

 きっぱりと言われるとナルトもなんと返していいのか悩んでしまう。堂々としているシカマルが羨ましいくらいだ。ウジウジして愚痴っぽく、いつもキバにうざいなどと言われている自分と正反対なシカマルの態度が不思議で堪らない。

「どうして、見せつける…?みたいな事、したんだってばよ」

 だから疑問に思った事も思わず口にしてしう。

「ナルトと付き合ってるって“誇示”したかったんだろ?チョウジやキバに対して」

「だから、……そんな事、二人とも知ってるってばよ。それに、オレと付き合ってんの自慢しても得することもないと思うんだけど」

「それでも、俺がしたくてした。それだけが答えじゃねえの?」

「分かんねえって」

「じゃ、お前がどうしたいのかもはっきりと言えよ」

 ベンチにふんぞり返るように座ったシカマルの手は、ベンチのヘリに掛かっている。その長い腕がナルトの背中を追い越して肩に触れそうになっているのにドキドキしてしまう。

「シカマルは、オレのが男同士って事気にしてるって最初に言ったけど、それはその通りだと思う。オレってば、シカマルの事好きだけど、みんなの前でべ……べたべたみたいなの、嫌だってばよ」

「ミンナって、チョウジやキバ以外でも?」

「わざわざ、なんか言いふらすみたいなのは嫌だ」

「……秘密主義だな、お前って」

 秘密でなく極秘扱いしたい気持ちなのが本当のところだ。どうして、こんなにもシカマルがオープンな性格なのか難解で仕方ない。シカマルを好きな気持ちに負い目はなくても、自分が男である事に負い目がある。誰からも認められるような関係でないとナルトは思うのだ。たまたま自分の近くにいた友人たちの懐が普通の人よりも深かっただけのラッキーなのだとも思う。

 好きになったからと言って、付き合うとか付き合わないとか、そんな事を望んでいた訳ではない。シカマルの一番になりたいと思ったのは本当で、それはどの立場としても一番が良かったのも本当。矛盾ばかりしている気持ちは感情が不安定なまま、向かう方向すら分からなくなっているのだ。それに、自分はシカマルに相応しくないとも思っている。もしも自分が女だったら、否、異性であっても、つり合いが取れているとは思えない。だから、シカマルに対して申し訳ないような恥ずかしいような気持ちがあるのだ。

 ナルトが溜息にもならない息をはいた瞬間に、ぽつりと冷たいものが降ってくる。

「雨?」

 怪しいと思っていた空がとうとう泣き始めたのだ。

「シカマル、雨が降ってきた!」

「見りゃわかるって」

「焦ろうってばよ」

「真冬の雨じゃあるまいし、真夏だぜ?多少濡れても問題ないだろ」

「別にわざわざ濡れなくてもいいってばよ!」

 鞄を持って本当に慌てたように立ち上がったナルトを見て、シカマルは吹き出した。彼といると退屈することがない。色んな楽しいを自分にくれる存在なのだ。性格や思考が違うだけでこんなにも共有する時間が楽しいと感じるものなのだろうか。

「おもしれー奴…」

「ほら!シカマルは髪が長いんだし、濡れると鬱陶しいってばよ」

「変な理屈……」

 のんびりと構えて座ったままのシカマルの腕をナルトが取る。無理矢理に立ち上がらされたシカマルはお返しとばかりに、ナルトの手を引っ張って走りだした。屋根がある場所なんて近くにはないのだから、木の下にでも非難するしかしょうがないのだ。それでも、ぽつぽつと降っていた雨粒がどんどん激しくなるにつれて、衣服も髪もあっという間に濡れてしまった。

「あ〜〜…っ、間に合わなかったっ!」

 濡れてしまった事が悔しいのか、木の下に到着してもナルトは不満そうに空を睨みつけている。白いポロシャツが肌に張り付いて気持ち悪いのに、気温のお陰かさして大騒ぎするような出来事ではない。

「シカマル、髪の毛の先から雨」

「絞れる感じだな」

「髪?すんごい濡れてるってばよ〜」

 屈託なく笑うナルトもぐっしょりと濡れていて、髪の先からは雨粒が伝っている。ぺったりと額にくっついている前髪をシカマルがそっとかき上げた。

「シカマル?」

 かなり生い茂っている木の下に移動したので、随分と雨はしのげている。自分を覗き込むようにしているシカマルに首を傾げた。

「どうしたんだってばよ。いきなり黙って……」

「お前なぁ、空気読めよ」

「読めねえよっ!」

「こうゆう時は、目ぇ瞑れ」

「こうゆう時ってどうゆう時――――――…」

 ナルトの唇に重なる影。触れるだけの柔らかい感触にナルトは瞬きを忘れた。

「こうゆう時」

「……え…っ、あの、これ…」

 見上げてくる瞳に水分の膜が張って艶めいているように感じる。こんな色も見せるのだと感心して見つめてしまった。触れるだけでこんなに動揺しているナルトをもっと驚かせてみたくなる。

「なんで……キス、すんの?」

 弱々しい声に、思わずククッと笑ってしまった。

「俺達付き合ってんだし、可笑しい事じゃねえよ」

「でも、」

 シカマルはナルトの言葉の続きを奪いたい衝動に駆られる。

「お前が俺を誘ったんだぜ?」

「オレが…?」

「そうそう」

「嘘だってばよ!」

「嘘じゃねえよ」

 衝撃を受けているナルトはパニック状態に陥っている。

「オレ……キス、初めてでっ――――― 」

「俺だってお前とのキスは初めてだけど?」

 ナルトは胸の奥に一瞬だけツキンと小さな痛みが走るのを感じた。

「ナルト」

「……なに?」

「もっと誘えよ」

「オレが誘ったから、キスしたのかよ?」

「そうだな、俺はお前に誘われた」

 シカマルの顔が近づいてくるのが見えて、ナルトは思わず目を瞑る。触れたのは柔らかい唇だけではなく熱い舌も。容赦なく侵入してくるシカマルに、ナルトはどうしていいのか分からずに薄っすらと口唇を開いただけ。舌先が触れ合って、優しく絡め取られたり激しく吸われる度に身体の力が抜けていくようだ。息をするのも必死で、ナルトの頭の中にシカマルの家に居る錦鯉の話が浮かんでくる。きっと自分は間抜けな顔をしているのだろうなぁ…なんて考えながら、崩れていく身体を木の幹に預ける。

「…あっ……」

 離れた熱い台風に胸で大きく息をする。瞼を開けて見上げたシカマルの顔が随分と近くにあった。近すぎてその表情が読み取れない。

「ナルト?」

 そして、訝しげなシカマルの声にナルトは彼の黒い瞳をじっと見つめた。

「どうして、泣いてんだ?」

「泣いてねえってばよ。雨じゃねえの…?」

 頬を滑るシカマルの指先。

「あったけえ。やっぱ涙じゃねえか……」

 ナルトは意識がなくふるふると首を横に振る。違うと伝えたいのだが、上手く言葉が出てこない。

「嫌だったんじゃねえのか?」

「違う、絶対にない……ってか、気持ち良かったってばよ」

 ふわふわして柔らかくて、熱くて溶けそうで、こんなに心地いい行為をナルトは知らない。感情が追いつかないままで、ナルトも自分の頬に触れる。シカマルに指摘されたように、指先にふれたものは温かい体液。少し困ってシカマルを見上げると、彼は苦笑していた。

 その瞬間、好きだと、とてもシカマルを好きだと言う感情がナルトの全身を駆け巡る。苦しくて苦しくて、息をするのも苦しくて、口の中に広がった感覚はほろ苦く感じた。

 そして、ナルトは自分の涙の意味を知った気がしたのだ。認識して、ぶわっと零れ落ち始めた涙を止める事は出来ない。

「シカマルごめん。オレ、帰る!」

 苦しすぎてぱたりと倒れてしまうなら、自宅のベッドの上がいい。そう思って背中を向けると、その肩をシカマルに止められる。

「俺の事、今更好きじゃないとか言わねえよな」

「ンな事、ないっ!!すげー好きだってばよ。もうっ、恥ずかしいから帰るっ!!」

 奇しくも昨日の夕方と同じような別れ方になってしまうのだが、ナルトはそれに気が付いていなかった。遠ざかる背中を木に凭れたシカマルがじっと見つめる。

 スニーカーが水たまりを蹴って、自分の元からまたもや逃げていく恋人。それらしい行為をしても、ナルトには余韻もなにもないらしい。

 雨はやみそうになく、シカマルもしょうがないと思いつつ岐路に着くことに決めた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

結構、手ごわいシカナルです(笑)

これでもシカナル!と言いきって見せる。

やっぱり甘さが足りません……

強引なとことそうじゃないトコと、はっきり分かれてるシカマルですが。

ナルトには駆け引きっぽいのは通じません。