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Position 8

 

 

 頭がぼうっとする。顔も身体も全部が熱くて、吐く息すらも熱い。額に張られた冷却シートも、冷たいと感じたのは最初だけだった気がする。

 ケホケホと咳き込むと鼻の奥までツンときて、目尻に生理的な涙が零れた。

「大丈夫かい? まだ熱は下がらないね」

 優しい声に重たい瞼を上げる。

「…父ちゃん?」

 どうして父親が目の前にいるのだろう。ラフな格好から彼が仕事でない事が伺える。

昨日は雨に濡れて帰り、寒気を感じてシャワーを浴びた。そのまま夕方には家政婦さんがやってきて夕飯を作ってくれたのだが食欲もなかった。熱っぽい感覚に熱さましシートをおでこに貼って寝た事は覚えているが、それからの記憶は曖昧でしかない。

「夏風邪だって。先生がいらっしゃったの覚えてない?」

 ミナトの言葉に首を振ると、頭がガンガン痛い。

「家政婦さんから食事もまともにとってないって聞いたから、点滴して頂いたんだよ?」

「点滴?」

「ナルトは注射嫌いだから、意識が朦朧としている時で良かったね」

 くすりと笑われてナルトは口を尖らせる。苦手なものは何時まで経っても苦手なのだ。針が刺さる痛みは我慢できるようになっているのだが、やはり注射針が身体の中に入ってくる感覚が好きになれない。点滴なんてその針がずっと腕に刺さりっぱなしになる。ミナトの言う通り意識がなくて本当に良かった。

「昨夜遅くに帰ったら、ナルトはうんうん唸ってるし熱は高いし。水分を取らせたくても、君は起きないしね。夜中だけど、先生に来ていただいたって次第だよ」

 掛かり付けの医者はミナトも小さな頃から世話になっている人で、普段は本当に先生などと呼ばれる存在なのかと思うくらいにフランクな人物だ。

「そっかぁ……」

「明日くらいまでは安静にするようにって、先生が。また様子を見に来て下さるって」

「うん…」

 ナルトはぽうっとする意識の中で、キバやチョウジと何日も会わない事になるんだと心配してしまった。無視して帰ってしまい、謝る事もできずに今に至る。

 カーテンから漏れる太陽の光は高くて昼に近いのだろうと考えられた。昨日はシカマルと一緒に学校をサボってしまったのだ。そこで、彼にキスされた。不意に思い出す感覚に、熱とは違う熱さが湧き上がる。自分の唇にシカマルの唇が触れた。それに、舌で舌を愛撫され……

「ナルト。顔が赤いけど、また熱が上がったのかな〜」

「大丈夫……だって。父ちゃん、なんか食べたい!!」

「りんご、食べる?」

「うん!」

 息子のお願いに弱いミナトはいそいそと階下へ行ってしまう。ナルトは乾燥した冷却シートをぺろっと剥がした。机の上に置きっぱなしになっていた携帯電話のLEDが光っている。それが視界にチラついて気になってしまう。まだ起き上がるとふらふらするものの、歩けない訳ではない。ベッドから下りると、未だふわつく足元を気にしながら携帯を手にした。液晶を開くと、自分でも予想していなかった未読メールの数が表示されている。

「キバにチョウジに……」

 内容は確認しないものの、誰からのメールなのだけは表示された名前を追えば分かる。

「サイにサクラちゃんに……シカマル」

 急に胸の奥が苦しくなる。この苦しさはきっとずっとこれからも存在する痛みの一部。それを昨日、認識してしまったのだ。名前を呼ぶだけで、こんなに苦しいなんて。この苦しみの在り処は彼への思いであり恋しさの一片でもあった。

 ミナトが戻ってきたら、ベッドに居ない事を叱られるかもしれない。ふらふらとしながら布団の中へ潜り込む。スクロールさせながらメッセージの確認をした。シカマルからのメールの文末に、見舞いに行くとありドキッとしてしまう。

 会いたいけれど、どんな顔をして会えばいいのだろうか。ナルトは今まで自分がどうやってシカマルと接してきたのか思い出せない。最近に至っては、ドキドキの方が先行してしまい自分のペースも掴めないのだ。そんな事をぼうっと考えて居ると、ドアをノックする音。ミナトならばわざわざノックなんてせずに入ってくるだろう。

 ナルトはふいっと枕元の時計に視線を移した。学校はとっくに終わっている時間。

「…どうぞだってばよ」

 心臓がいつもよりも鼓動を早くしている。口から飛び出してしまいそうだと思うくらいに。

 ゆっくりと扉が開いてよく知った顔が除きこんだときにナルトはほっと溜息をついた。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃないから寝てんだって…」

「そんだけ減らず口叩けるなら、元気になってる証拠でしょ?」

 サイの後ろからサクラが顔を見せる。

「サクラちゃん!!」

「ちょっと、ちゃんと寝てなさいよ」

 大好きなサクラの登場にナルトはにこにこと笑顔になる。サイに自分の時と対応が違うとぶつぶつ言われようが関係ない。彼女に対しての最初の好きは恋愛感情を伴ったものだと思う。それが、限りなく友情に近い愛情だと知ったのはいつだっただろうか。それでも、彼女が好きな事には変わりがないのだ。例えるなら年の近いお姉さんと言った感じ。お小言は多いけれど面倒見も良く、後輩からも慕われている事も知っている。

「ねえ、お父さんから聞いたけど明日まで休んだ方がいいんですって?」

「ウン、まだ熱が下がんねえだってばよ」

「バカは風邪ひかないんじゃないっけ?」

 サイの疑問にサクラがくすくすと笑った。

「サイ、夏風邪はバカがひくって知ってた?」

「ああ、じゃ…ナルトはバカって事で」

「サイ!サクラちゃんっ! 人の事バカにしに来たのかってばよ」

 ぷうっと頬を膨らませた所で、サイとサクラは顔を見合わせて笑った。自由研究で同じ班を組んでから、なんとなく仲良くなっている三人だ。サクラにべったりしているナルトは、昔から。そのナルトとサクラにべったりしているのがサイという、妙なバランスの三人だった。

「あんたって、たまーに熱とか出して寝込むわよね」

「そうなんだ?」

 ミナトはサクラ達への飲み物とナルトへのりんごを渡して、下へ行ってしまった。ベッドの上に座りながら、りんごをむしゃむしゃやっていたナルトは少しだけ眉を顰める。サイの意外そうな声にだ。

「そうなの。ナルトのお父さんって忙しい方だからよく家を空けてたのよ。だからね、そうゆう時に限って熱出したりしてたっけ?」

「そんな事ねえって……」

「ナルトは寂しかったの?」

「だーかーらー! マジに聞くなってばよ」

 恥ずかしい話なのだが、サクラの話は本当である。自分の不調に気が付かないでよく寝込んでしまっていた。どうしてなのか分からないが、ミナトが海外出張などすぐには帰宅できない時に限って熱を出していたような気がする。たまたま重なったという言い訳も、二度三度とあるとそうでないような気がするから不思議だ。

「邪魔するぜ〜」

 いきなりバンっと扉が開くと、キバが顔を見せる。サイやサクラを見て軽く手を上げた。「人気者だな、ナルト…」そう言いながらプリンを差し入れるのはチョウジ。そのままシカマルが続いてくるのかと思っていたが、ナルトの期待を裏切って彼は姿を見せる事はなかった。

「サクラ、見舞いに来るならついでにプリント持ってってくれりゃいいじゃん」

「はあ? キバが先に先生から頼まれてたんじゃない。アンタが届ければいいでしょ。私は普通にお見舞いに来ただけよ。それに、サイがナルトんち知らないって言うし……」

 サイはチョウジやキバに視線を移すと、にっこりと笑った。

「シカマルは一緒じゃないんだ?」

「一緒じゃねえけど?」

「ふーん……」

 含んだようなサイの声にナルトはむすっとしてしまう。別にサイが思っている以上に自分たちがつるんでいる訳でないのだ。たまたま放課後を一緒に過ごしたりはするけれど、小学生の頃みたいに公園で泥まみれないなりながら太陽が沈むまで一緒に遊んでいる訳ではない。それぞれにお互いの時間を尊重しあう関係になっていると言えばいいのか。それでも、同じクラスであるキバとは一緒に遊ぶ事も多い。一概になんとも言えないのだが、悪戯四人組だと言われた頃のようにいつでも一緒な毎日は過ごしていない。高校に上がってからは、シカマルが彼女を作ったりして特にその時間が減っていたのだ。

「最近は四人一緒ってイメージなくなったもんね」

 サクラの含んだような笑みに気が付いたナルトは思わず俯く。彼女はシカマルへの思いを知っている一人なのだ。……―――― と言うか、この部屋にいる全員がナルトの気持ちを知っていてサクラを除く三人は付き合っている事すら知っている。世間の狭い自分たちの関係に苦笑してしまうほどだ。

「これからは、シカマルとナルトが二人でいるイメージに定着するんじゃない?」

 そこにサイが爆弾発言を投下する。ナルトはびっくりして顔を上げると、にこにこしているサイを睨みつけた。余計な事ばかり口にする彼にむすりと口を歪める。

「え?なによ、どうゆうこと?もしかして、シカマルってまた彼女と別れたの?」

 目を丸くしたサクラは何に対して驚いているのだろうか。ナルトはびくつきながら、握ったままだったリンゴを皿に戻した。

「“また”って……結構、サクラはきつい事言うよね〜」

 チョウジの言葉にサクラは「本当の事でしょ?」と肩を竦めた。ナルトはチョウジに向けられた意味のある視線に気が付いた。サクラはシカマルとの事を知らないのか、と聞いているような視線である。ナルトはこの間の事をチョウジやキバに謝りたい。いつもと変わりなく接してくれ、こうやって見舞いにも来てくれた友人。ここで先日の事を口にしたら、勘の良い彼女の事である。きっと、全てがばれる。ばれて悪い訳ではない。ナルトが男に対して恋していると知っても、サクラの態度は変わらなかった。たまに愚痴を聞いてくれていたのも彼女だし、キバとは違った優しさで慰めてくれていたりもした。だから、そんなサクラにシカマルとの事を伝えていない事が心苦しい。

 ナルトがうじうじと考えて居ると、サクラが腕時計を見て慌てて腰を上げる。

「ごめん。私、いのと約束してたんだった……悪いけど、もう帰るわ。ナルトは明日まで休みって事よね。少し熱が下がったからって、無理するんじゃないわよ?分かった?」

 サクラは本当に慌てていたようで、鞄を掴むとさっさと部屋を後にしてしまった。

「サクラって、母親とか姉とか……なんて言うんだろう?親類に近いような関係なんだね」

 サイの言葉にキバやチョウジも頷いている。的を得ているサイの表現に納得したという顔つきだ。

「じゃ、ボクも帰ろうかな。なんか邪魔しちゃうみたいな雰囲気だし」

「お前、まともに空気読めるようになって来たじゃん?」

 キバのきつい一言を笑顔でかわした彼は、一度だけナルトに視線を送るとにっこりと笑みを浮かべた。その笑みが自分の中の何かを知っているようでナルトは顔を背けてしまう。パタリと扉が閉まると、少しだけ重たい沈黙がある。それを破ったのはチョウジだ。

「ナルト、本当に大丈夫?まだ、顔が赤いよね」

「ん。まだちょい熱があるんだってばよ」

「まだ、気にしてるの?」

「え?…あ、その…」

 ナルトは気まずくて口を噤んでしまった。そして、軽く息を吐いて「ごめん」と呟く。

「気にしすぎなんだよ、お前はよー」

「だから、ごめんって言ってるってばよ」

「あ〜あ。キバもどうしてそうゆう言い方しかできないのかなぁ。あのさ、ナルト。この間はからかってゴメンって言うつもりで、ボクたち来たんだよ」

 呆れたようにキバを一瞥したチョウジは、袋の中をごそごそやってプリンを取り出す。

「シカマルに当てつけられて、ナルトをからかってごめんって言いたくてさ」

「そんな……―――― あんな風にオレするつもりなくて、でも、雰囲気悪くしたのオレだし、オレのが悪りぃってか……」

「俺はナルトよりもシカマルのが性質悪りぃとか思ってるけどな」

 キバは当たり前のようにチョウジの手からプリンを横取りする。

「シカマルは悪くないってばよ。悪りぃのはオレだって、オレがシカマルの事好きになって。んで、いっつも四人でいた雰囲気壊しちまって」

 神妙な顔つきにキバとチョウジは同時に吹き出した。けらけらと笑われて、当のナルトは驚いたような顔をしている。ぽかんと口を開けて、瞳を大きくして。

「腹いてー…ウケるっ」

「笑うなって!!オレ、真剣にっ―――― !」

「マジだからウケんだよ。ばーか」

 目尻に浮かんだ涙をごしごしやりながら、キバが答えた。

「お前が俺達に遠慮するなんてのが、可笑しいんだろ?シカマルの悪ふざけもよくねえけど」

「そうそう。シカマルが牽制なんて珍しい事するから、思わず嫌味で返したってだけだよ」

「意味、わかんねえ」

 むっすりとして呟いたナルトにキバが横取りしたプリンを投げた。反射でそれを受け取ったナルトは首を傾げる。

「分かんなくていいんだって、お前はお前だし。全然、変わってなんかねえよ。むしろ、変わったと感じるのはシカマルの方。だから、性質が悪いって言ってんだろ?どこまでお人よしなんだよ。ほんっと、うける!」

「キバ……」

 チョウジは袋の中からプラスティックのスプーンを手渡した。

「昨日、二人して学校サボったでしょ?」

 ドキンと反応する心臓。言葉にはしていないけれど、チョウジの瞳はごまかせそうにない。

「シカマルが今朝、ウチの教室やってきてさ。めっちゃ機嫌よくて気持ち悪いくれーな感じで。お前が休みだって聞いたら、機嫌も急降下すんだぜ?隣に居たチョウジなんて、笑うの我慢してんだけど俺は無理で爆笑しちまって、またそれがあいつの機嫌悪くさせて……」

「シカマルが、言ったんだよね。雨に濡れたから風邪でも引いたのかなって。だから、シカマルとナルトは一緒に居て、雨に一緒に濡れちゃったんだろうなって」

 二人の話で、少しだけ情景が想像できてしまった。シカマルがわざわざ教室に訪ねてきてくれたのは、昨日雨に濡れた事を気にしてなのだろうか。それとも、初めて口づけを交わしたからだろうか。付き合っているという友人の手前だろうか。どんどんと暗くなっていく思考の中で、思わず重たい溜息を吐く。

「ナルト。好きな奴と付き合ってんのに、楽しそうでも嬉しそうでもねえんだな」

 キバの一言が胸に棘となって刺さる。小さな小さな痛み。それは、昨日生まれたナルトの苦しみの奥に吸い込まれていくような小さな痛み。

「だって、嬉しいとか楽しいとか……――――― 感じる暇もねえよ」

 ナルトの科白にキバもチョウジも黙ってしまう。ナルトは自分が失敗してしまった事に気が付いて苦笑した。キバはずっと自分の気持ちがシカマルの方へ向いているのを知っていて、隣でぶつぶつ言いながらも付き合ってくれた親友だ。チョウジは元々人の気持ちを察するのに長けていると思う。だから、ナルトは感じてしまった。自分の中の迷いが、聡い友人たちに伝わってしまった事を。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

事件です!

書きたいと思っていたとこまで書けませんでした。

シカマルが、キバとチョウジの話でしか出て来なくてすみません。

これでも、シカナル★と言い切るぞ!