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Position 5
「ごちそうさまっ!!」 ぱちんと両手を合わせて軽く頭を下げる。大好きなエビフライもあまり好きでない野菜サラダも一応はクリア。ご飯はおかわりもした。 「ナルト、なんかいい事でもあったの?」 珍しく一人の食事でないテーブル。ナルトの前にはネクタイを寛げただけの父・ミナトが笑顔を浮かべていた。 「そんな風に見える?」 「そうだね。見えるかな」 夕方いつものハンバーガーショップに立ち寄り、色々あってシカマルと付き合う事になった。なんだか腑に落ちない点もいくつかあるのだが、細かい事を気にしないのがナルトの美点でもある。 「そっかなぁ……良い事あったのかな。オレってば」 「自分の事なのに分からないの?」 へへっと笑う息子にミナトは首を傾げた。いつもよりも早く帰宅して愛息と食事につく。ここ数日叶わなかったミナトの贅沢な時間の一つ。愛妻の忘れ形見はスクスクと成長して高校生までになった。会社が忙しくあまりナルトの相手をしてやれないのが、目下ミナトの悩みでもあるのだけれど。父親の目から見てもまっすぐに育った息子は自慢の一つでもあった。 「そうだ、明日なんだけどね」 「あ、明日っ?!」 過剰に反応するナルトに、ミナトは訝かむのだが当の本人は全く気が付いていない。 「久々に休みが取れそうなんだけど、どこかに出かけ―――――」 「明日はダメなんだってばよ」 ソッコーに拒否されたミナトは頭の中に疑問符を浮かべる。ソワソワしたような息子の上機嫌な態度。 「もしかして、……彼女とのデート?」 年頃なんだから彼女くらいいたっておかしくはない。親離れしてしまう子供には寂しいのだが、ナルトの幸福を心から願っているミナトは祝福してやるつもりで言葉にする。心当たりがあるのか顔を真っ赤に染めて視線をキョロキョロさせるナルトに苦笑した。 「可愛い彼女が居るなら、いつか紹介してほしいけどね」 妻の分まで値踏みしてしまうだろうが、しょうがない。子供はどんどんと成長していっても、親であるミナトの中では泣きながら自分の後ろを追いかける小さなナルトのまま成長が止まっているようなものなのだ。完全に子離れできていない父親なのである。 「ち、違う…彼女なんて」 カッコいい彼氏です、と言ったら流石のミナトも卒倒してしまうかもしれない。もごもごと口を濁してチロッとミナトを見上げると、視線の合った彼がにこりと笑った。 「どうしたのさ、そんなに焦っちゃって。彼女じゃないの?」 「うん…、じゃない」 「ナルトも年頃なんだから、恋人の一人でもって思ったんだけど。杞憂だったかな?」 「オレは父ちゃんみたいに、もてないってばよ」 ナルトを生み落し天に召された母親。父子二人ではとあれこれ世話を焼く親戚連中が居る事をナルトは知っている。それでも、ミナトが母親が最初で最後の存在だと再婚を断っている事も。ナルトの為に新しい母親をと言われ、一時は迷った事もあったそうなのだが、本当のところは余り知らない。 「父ちゃんは母ちゃんしか好きじゃねえの?」 「ん?…うん、そうだよ」 「そっかぁ。母ちゃん意外の人と付き合った事とかは…ないのかってばよ」 「ナルトがそんな話を聞いてくるなんて、珍しいね」 「珍しいってか、聞いたことあったっけ?」 「あんまり興味なさそうだったから。やっぱり、好きな女の子くらいは居るって事?」 にこにことミナトに笑顔を向けられて、ナルトは少しだけ心苦しい。当たり前の事なのだが、ミナトの口からは“彼女”や“女の子”と言った単語しか出てこない。うっかりボロを出して突っ込まれてもミナトを誤魔化せるような術はナルトにはない。早々に話を切り上げるのが得策なのだろう。母親とのなれ初めなどを聞いてみたい気持ちはあったのだが今は無理そうな気がした。 「ナ〜ルト?」 ミナトの人差し指がテーブルの上にある携帯電話に向けられた。ディスプレイにはメール着信を知らせる緑色の光が点滅していた。折り畳みのそれを開くと、メールの受信ボックスが立ち上がる。送信者の名前はシカマル。 『明日、何時に迎えに行けばいい?』 ナルトは眉間にシワが寄る。別段と迎えに来てもらう理由がない。学校は同じ学区ではあるけれど、ご近所さんと言える程に近いわけでもないのだ。どこへ遊びに行くかも決まっていないのだけれど、無難に駅で待ち合わせくらいでいいと思う。ナルトはぴこぴことボタンを押して素早く送信する。じっと液晶を睨みつけていると、すぐに返信が来た。 『行きたいとこあんのか?』 それも考えていない。よくよく考えると、シカマルと二人きりでどこかへ行くなんて本当に久しぶりなのだ。 「えっと、特に決めてないっと……」 文面を読み上げてしまうのはいつもの癖。自分の目の前で父親が頬杖をつきながら、ナルトのころころ変わる表情を観察しているとは露知らず……シカマルとのやり取りは数回にわたり続いた。 「なんか楽しそうだな、ナルト。明日の事?」 声を掛けられて随分とミナトを無視していたことに気が付いた。二つ折りの携帯をポケットにしまうと曖昧に頷く。 「友達と遊びに行くの?」 「……父ちゃんは奈良シカマルって覚えてる?放課後話してて明日遊びに行こうかって話になったんだってばよ。どこ行くとかは全然決めてなくて、とりあえず今は待ち合わせの時間決めたトコ!」 「あ〜…、あのシカマルくんか!もちろん、ナルトの友達はよく覚えてるよ。悪戯ばかりして学校に呼び出される時のメンバー」 「父ちゃん!!」 それは、ナルトが小学校の時の話。ナルトを筆頭に、シカマル、キバ、チョウジは担任教師泣かせの異名を持つ“悪戯四人組”だったのだ。ミナトの笑顔は曲者で、よく柔和な笑みを浮かべてこってりと叱られた。思い出すだけでも肩身が狭くなる思いだった。 「安心した」 「え?…なにが?」 「友達とうまくやってるんだってね。友人と言うのは人生の中で一番の宝物だよ。きっと、ナルトが家庭を持ったり年を重ねたりしても、ずっと仲良くできる親友って選んで付き合うものじゃなく、自ずと残っていくものだろ?」 「そうかな……」 胸の奥が急に苦しくなる。大切な友人に恋してしまった。キバから言わせると最悪な状況らしい。確かに好きだと浮かれていた時は良かったのかもしれない。今シカマルとの関係はかなり微妙なものだ。母親が居ないこの広い家に、父親と二人きり(家政婦さんは毎日炊事やら掃除やらはしれくれている)、寂しくないかと問われれば正直寂しい時もあった。ミナトの仕事が立て込んでいたり、出張などで家を空けるときには、どうして自分は一人なのかと涙したものだ。だけれど、学校へ行くと大好きな友達がいて毎日楽しかったのである。寂しい事を忘れさせてくれる、大切な友人たち。 「これからも大切にしなさい」 「うん……」 ナルトは神妙に頷く。シカマルの気が変わって、明日にでもこの付き合いはなかった事にしようと言われてもしょうがない。もし、別れるという事になったら……それでも、シカマルは自分の友人の一人でいてくれるだろうか。彼なら、自然とそう接してくれるかもしれない。友人という立場に戻れないのは、きっと自分なのだ。友人としても、もっと特別な立場としてもシカマルの一番近くに居たいと欲を出してしまった。 「オレ、風呂入って寝るってばよ。明日、早いんだって」 「そう。おやすみ、ナルト」 「おやすみだってばよ」 にこっと笑ったナルトの背中が階段を上っていく。ミナトはネクタイを抜き取ると息を吐いた。 「クシナ、子供の成長って早いよね。ナルトに好きな子ができたみたいだよ?」 洋風の造りの家。リビングの先には不似合いな広い和室が設けられている。そこにはクシナが眠っていた。カラリと襖を開けて仏壇の前に座ると、リビングから漏れてきている光を頼りにろうそくに火を灯す。変わらない笑みを見せる写真の中には生まれたばかりのナルトを抱いた最愛の人。 「早くないのかな。オレが君を好きになったのもナルトと同じくらいの年だったよね?」 いつまでも子供だと思っていた。いや、きっとミナトの中ではいつまでもナルトは子供のままだと思う。たまには悩みや日々の事なども聞いてやりたい。その時間がなかなか取れずに寂しい思いをさせている自覚はあるのだが、なかなか自分の思い通りに行かないのが人生だ。 ミナトは無意識に溜息をつく。 「なんだか、子供の成長って嬉しいけど寂しいね」 写真の中の彼女が「バカね」と呟いた気がした。
朝から騒々しい物音。 いつもの事だと言えばそうなのだが、遠慮なくバタバタと走り回る足音に苦笑してしまう。 「父ちゃんっ!寝坊したってばよ!!駅まで送ってほし……―――――― 」 階段を駆け下りてダイニングを伺ったナルトはすぐに固まる。 「おはよう、ナルト。昨日早く寝た意味がないね…全く」 「あ…え?」 休みだと聞いていたミナトは、彼によく似合うブルーのネクタイをぴしっと絞めていてカラーシャツによく似合う。お気に入りのマグカップからは湯気が立っている。きっとミナトの好きなブレンドだろう。 「父ちゃん、仕事?」 「だってナルトにフラれたんだから一人で家にいるのもねぇ」 「……あと、なんでシカマル?」 涼しい顔をしたミナトの前には、シカマルがカップを傾けていた。 「おめー遅い」 「ごめっ…ほんとに悪りぃってばよ。わざわざ来てくれた?」 「何回も携帯鳴らしたんだぜ?こりゃ、爆睡してんなーって思ってな」 ナルトは起きて最初に見た携帯の着信履歴と、表示された時間に真っ青になったのだ。待ち合わせの時間からは半時ほど過ぎていて、とりあえず駅までミナトに送ってもらうように頼まなければという事が真っ先に頭に浮かんだ。それからシカマルに連絡をとろうと思っていたのだ。 「ナルト、早く用意しなさい。シカマル君、待たせてるんだから」 「あ、はいっ…と、父ちゃんおはようだってばよ!」 登場と同じく慌てて二階へ上がったナルトを見て、ミナトはくすりと笑う。 「シカマル君は久々に会って、大人っぽくなったなって思うんだけど…ナルトは何時まで経っても子供のままだよ」 「ナルトらしくていいっすよ」 「君は小さな頃から大人っぽかったんだけど。あ、これはお世辞だよ?」 シカマルはミナトに淹れてもらったコーヒーを口にする。シカマルも好きなブレンドだ。深入りすぎでもなく軽すぎでもなく。多少の酸味とコクのバランスがいい。ナルトはコーヒーを口にしないからミナト専用のものなのだろう。金色の髪と青い瞳はミナトから譲り受けたもので、ミナトを見ていると不思議な気分になる。雰囲気はやっぱり親子だから似ている。落ち着いた雰囲気はナルトにはないけれど、やはり瞳の色がそう思わせるのかもしれない。 「似てるかい?ナルトと」 「すんません、じろじろと見て」 「気にしない。見られる事には慣れてるんだ」 さらりと凄い事を聞いたような気がするのだが、シカマルは軽く聞き流した。 「ナルトは髪と目の色がオレと一緒だけど、やっぱり日に日に母親に面差しが似てくるんだよ。不思議なんだけど、ナルトは男の子だからね。少し違うけれど、重なる瞬間があるってのかなぁ」 呑気に親ばかを披露するミナトはとても楽しそうだ。こうやって話をするのは初めてだけれど、好感が持てる。ミナトの前にはトーストが手つかずのままあった。いきなりのシカマルの来訪に彼を煩わせてしまったかもしれない。シカマルは悪いと思い、朝食を続けてもらうように促す。 「ナルト、好きな子ができたみたいなんだよね……」 トーストを咀嚼しながら、ミナトが寂しそうに呟く。 「年齢から考えても普通なのかもしれないけど……そうだ、シカマル君にもやっぱり好きな子とか居るの?」 自分の両親とでも話題にならないような事を振られてシカマルは一瞬固まる。ナルトが父親と非常に仲がいい事はシカマルも知っていた。小さな頃から母親を無くして父子家庭である事も。 「人並みに居ますよ」 ミナトはナルトとは違う。じっと見つめられると自分の考えなんかも見透かされているような気分になるのだ。それならば下手な小細工はなしにして正直に口にした方がいい。いい加減に誤魔化しても、きっと本当の事を口にするハメになると思うのだ。 「シカマル君は正直だな」 「それは…ないっす」 思わず苦笑してしまったのだが、目の前の大物は余り気にしていないようだ。すぐに迎えが来たからと席を立ってしまった。あまり長く二人でいた訳でもないのに、疲れている。そこへ、またバタバタと階段を下りてくる音が聞こえた。 「シカマル、待たせてごめんっ!」 息を切らしてやって来たナルトは、冷蔵庫から牛乳を取り出すと紙パックにそのまま口をつけて飲む。 「すげー上手いコーヒー飲めたからラッキーって感じ」 「父ちゃんが拘ってんだってばよ。あ、シカマル。もう少し待ってくれってばよ」 手の甲で口元を拭ったナルトは笑顔のまま、リビングの先へ向かっていった。慌ただしい雰囲気は変わらないままだが、すぐに線香の匂いが鼻につく。 「ナルト?」 シカマルは思わず席を立つ。リビングを抜けた先の和室で正座するナルトの背中。大きな仏壇には花が活けられており、ろうそくと線香の煙が真っ直ぐに上へ上っていた。その前で目を閉じて手を合わせているナルト。 「ナルト…」 「お待たせだってばよ」 振り向いたナルトはろうそくの火をすぐに消した。仏壇の中には、一人の女性が笑みを称えている写真。それにじっと見入ったシカマルにナルトはすぐに紹介をする。 「母ちゃんだってばよ。父ちゃんが気を使ってんのか、写真とか全部仕舞いこんじまってて、仏壇にある写真くれーしか見た事ないんだけど」 「へえ…」 シカマルは自然とナルトの隣に座ると、仏壇に手を合わせた。 「ナルトの親父さんが言ってたように、お前母親似だな」 「え?似てる?…そっかなぁ」 「雰囲気か、なんだろうな。上手くは言えねえけど、似てる。親子だって分かるって感じ」 シカマルの言葉が嬉しかったのか、ナルトは笑みを浮かべてじっと写真を見入る。その腕には小さな赤ちゃんが抱かれていた。 「ナルト?」 「うん、そう」 「小せーな」 「赤ん坊なんて小さいもんじゃねえの?」 「今もお前大きい方じゃねえじゃねえか」 「小さくもねえってばよっ!」 身長の事は気にしている。標準の中には入っているが、それがぎりぎりだったのは中学生の頃までだろうか。元気いっぱいで腕白だったので成長過程に問題はなかったのだけれど、ナルトが好んで牛乳を飲むようになったのは身長問題から始まったのだと思う。 「怒るなって!お前、行きたいとこ決めたか?」 「……怒ってないってばよ」 「そう言いながら怒ってんだろうが」 思わず金色の髪をぐりぐり撫ぜたシカマルに、ナルトが驚いて目を見開いた。零れそうな印象の青い瞳はいつもと同じで、子ども扱いされていると勘違いしたナルトはすぐに真っ赤になってしまう。睨みつけられてもナルトのそれでは怖くも痒くもない。 すぐに反応して怒ったり笑ったりするナルトを、可愛いと思った。そして、自分がそう感じている事に気が付いたシカマルはナルトから手をどける。 「とりあえず……駅、行くか」 行先はおいおい考えればいいだろう。当初の待ち合わせである駅に行けば、行先も決まるかもしれない。こくこくと頷くナルトを尻目に、シカマルはいつまでも指先に残る柔らかい髪の感触を持て余していた。
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なかなか進まない話って多いですが、ここまでのは初めてかもしれないです(苦笑)
ナルトのクシナ似は公式っすよね。
あんまり感じた事ないんですが(笑)やっぱ、瞳とかの印象でミナトのが目立つんで。
ちょい、ワンクッションな話ですが書きたいとこは書けました!
セリフだけなんですがね。気が付いてくれた人が一人でもいたら嬉しいですv