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夏の話 ―天気雨― 2
袖を通したのは、去年ヨシノが自分の為に誂えてくれた浴衣である。 もちろんナルトは、それを上手く着つける事は出来ない。だから着る時はシカマルにやってもらう。彼は着慣れていて帯の結びひとつとっても器用にこなす。 「やっぱ、シカマルに着付けしてもらうと着崩れねえってばよ」 ぴょんぴょんと飛び跳ねるように歩くナルトはご満悦だ。夕方までは怠惰に快楽を貪り合った。その余韻が見えるのは首筋にある紅い花弁だけ。当のナルトも気が付いていないだろう、所有印。 今夜は近くの神社で夏祭りが行われる。昨年は残念な事に、花火大会の時に浴衣を着たっきりでしまわれてしまっていたのだ。 最初はどこかへ出かけるなんて滅相もないといった雰囲気だった。それでも、ナルトのはしゃぐ背中を見つめながら、やっぱり外へ連れ出して良かったとしみじみと思う。シカマルから見ても、ナルトが感じていた恐怖や不安は本当のものだった。ナルトを抱いて、彼が何かに脅えているという感情が痛いほどに伝わって来たのだ。 自分の存在がソレを払拭できるなんて思っていないが、一時でもいいから煩わしい気持ちから解放させてやりたい。 「それにしてもな……」 シカマルはのんびりと呟く。どう考えても、自分の手には余る問題。ナルトが存在するというのだから、彼の中では“お化け”が存在しているのだ。傍目からみてバカにしてしまうようなことでも、本人にはそうではない。 「とにかく今はあいつに付き合ってやるか……」 人ごみに出かけるよりも、二人で居た方が気が楽なのが本当のところ。それでも、どんな場所でも彼と一緒に居ればそれなりに楽しいという事に気が付いた。それまでは興味がなく味気なかった場所ですら、ナルトと一緒に居ると景色の色が違うとシカマルは思う。 腕を組みながら歩いていると、ナルトが出店の前で座り込んでいる。シカマルはそれを後ろからひょいっと覗き込んだ。 「どうした?」 「シカマル! 見てみろってばよ。すげー可愛い」 余り大きくない木箱の中には、小さな黄色い物体がひしめき合っている。もちろんそれは鶏のヒナである。ぴーぴーと鳴きながら、ふわふわした羽をぱたぱたやっていた。 「おいおい。まさか、欲しいとか言わねえだろうな?」 「言わねえってばよ。うちのアパートは動物飼えねえし……」 自分が任務を開けている間に面倒を見てくれる家族もいない。 後に続くだろう言葉を想像したシカマルは、無意識にナルトの頭を撫ぜる。 「おっきいヒヨコがここにいるだろ?」 「はあ? オレ、ヒヨコ扱いかってばよ!」 身体を重ねた後にシャワーを浴びたので、洗いざらしの髪はふわふわと羽根のように見える。むすっとしているナルトにそっと耳打ちすると、彼は真っ赤な顔して立ち上がるとそそくさと店を離れた。 「おーい、ナルト〜」 「もうっ!どんだけ恥ずかしい事言うんだってばよ。信じらんねえ……」 少し赤く染まった頬が薄暗い照明の中でもはっきりとわかった。シカマルはくすりと笑う。 「本当の事しか言わねえって。どんなヒヨコよりお前のが可愛いし?」 「……ヒヨコは買わねえってばよ」 ナルトはそっとシカマルの手探りで見つけた。きゅっと絡めてきた指をシカマルも握り返す。 「珍しい事もあるもんだ」 ナルトが人前でこんな行動にでるなんて皆無に近い。吹聴するつもりもないが隠すつもりもないシカマルに対して、ナルトは憚る性格だ。そこは相容れないお互いの拘りみたいなものなのだけれど。 心がくすぐったくなる気持ちで、夜店を見て回る。立ち止まり、たこ焼きや綿菓子を頬張るナルトは楽しそうだ。 「ナルト〜〜!!」 呼ばれたナルトは声のする方に振り返りながら、無意識だろうが握っていたシカマルの手をぱっと放す。 「あいつらからは見えねえって」 「わ、分かってる!」 視線の先にはいのとサクラの姿があった。二人とも浴衣姿である。子供でもないのに水風船を手にしているいのは「かわいいでしょ〜」とナルトに自慢するかのように目の前に掲げた。 「いのって子供みてえ」 「はあ?ナルトにだけは言われたくないんだけど! あんたこそ、食い気に走ってるってトコでしょ〜」 いのとナルトは会うとくだらない事で火花を散らすのが常である。苦笑したサクラは肩を竦めて笑って見せた。また始まったと言わんばかりのサクラの笑みにシカマルも同意してしまう。 「お前らも居たんだな?」 「まあ、この辺りじゃ一番大きなお祭りだしね。シカマルこそナルトにはいっつも甘いんだからさ〜」 にやにやといのに言われると、過剰反応するのはナルトだ。シカマルがどんな事を面倒に感じるのか、付き合いの長さでいのにはバレバレである。それがナルトへのからかいの種になっているのだが、シカマルは別段と気にしていない。だからナルトも気にせずにドンと構えていればいいのに、こんな風に反応するからいのから面白がられる。 「今回はこいつのが乗り気じゃなくて、俺が無理矢理引っ張ったんだぜ?」 「えっ!ホント〜? お祭り好きのナルトにしちゃ珍しいじゃない」 心底びっくりされてナルトはぷうっと膨れる。 「……いのはいちいちうるせえってばよ」 「うるさいは余分でしょ! ところで、後は誰と一緒に来てるの?」 いのの質問にシカマルもナルトも首を傾げたのだが、彼女はきょろきょろと辺りを見渡す。 「誰とって、二人で来てるんだぜ?偶然に会ったのも、お前らが最初だし」 「は…?何言ってんの。居たでしょ、一緒に」 食い下がるいのに、ナルトが眉を顰める。 「一緒って……たまたま近くに居た誰かを連れと勘違いしてんじゃねえのか」 「てっきりサイくんだと思ったのに……」 不満そうにするいのは、嘘や冗談を言っている風には見えない。 「それってさ、多分……こんな人がいっぱい居るから、だから、隣に居た誰かが連れみたく見えたんじゃねえの?」 ナルトの声が心なしか震えているように聞こえる。シカマルはちっと舌打ちをすると、ナルトに気が付かれないように辺りに目線を配った。 「そんなんじゃなかったって。私から見ても、三人なんだっていう距離感だったんだから。ねえ、サクラ。あんたも見たわよね?」 必死になるいのにサクラは首を捻っただけだ。 「見たって言うか、いのがシカマルとナルト見つけたんじゃない。私は、よく見てないから知らないわよ」 「居たじゃない。絶対に見間違いとかじゃないって! ナルトを挟むみたいに、シカマルと……狐のお面被った人。てっきりサイくんだと思って声かけたんだし……」 シカマルはいのの発するキーワードに、ナルトを伺う。青ざめた顔に、見開いた瞳。少しだけ虚ろに見えた視線。狐面の男というキーワードにはサクラも聞き覚えがあるようだ。ちらりと彼女も伺うとぱちりと目が合う。 「まあまあ、いの。きっと見間違いよ。さっき気になる店があるって言ってたじゃない。行こ?」 「サクラも信じてくれないの〜?もう、ひどいんだから…」 「じゃあね、シカマル。ナルトも」 ひらひらと手を振るサクラにも、珍しくナルトは反応しない。顔色の悪くなった彼はぽつりと呟いた。 「オレ……帰るってばよ」 「おい、待てよ。いの見間違いかもしれねえだろ?祭りだぜ。狐の面なんて、いくらでも売ってる」 「違う!ぜってーに違うってばよ。 居るんだ、あいつ……この神社にいるんだってばよ。 帰らないと……」 この場所から逃げ出さないといけない。ただそれだけの思考に捕らわれたナルトが、悔しそうに唇を噛みしめてから顔をあげる。そして、ひっと引きつったような声を発した。 「ナルト?」 「……シカ、今……あっちの方、やっぱり……居た」 「本当か?どこだ!」 ナルトが雑木林の方を指差す。シカマルは目を凝らすがそんな者は見えなかった。だが、ナルトにはしっかり見えたのだ。暗がりの中にぽうっと妖しい光を放つ面が浮かんでいるのを。 「見えねえな。おい、ここで待ってろよ。捕まえて正体を暴いてやるっ!」 ナルトの両肩をぎゅっと掴んだシカマルは、脅えた表情のままのナルトを痛ましそうな目で見つめてから踵を返す。その背中を見送ってしまったナルトは、はっとして声を上げた。 「シカマル! だめだってばよっ。あいつは…っ―――――――― 」 人でないモノだ。近づいてはならないし、関わってはいけない。本能的にそれを感じるのだ。誰もが信じてくれなかったけれど、シカマルは自分の言葉なら信じると言ってくれた。大切な人に何かあったらどうすればいいのか。そう考えただけで、背筋が凍る。自分がどうこうなるよりもシカマルに危害が加わる事の方が怖い。 ナルトは慌ててシカマルの向かった方へ駆け出していた。参道の夜店から外れた雑木林は、光源がなくうっそうとしている。 「どうしよう…」 完全に見失ってしまった。真っ直ぐに彼の向かった方へやって来たはずなのに、シカマルの気配を感じる事が出来ない。 「シカマル…」 空しく木霊するのは自分の声だけ。 「シカマルってば、居るんなら返事しろって!!」 心臓の鼓動が早くなって、口の中が異様に乾いた。 「シカマルがどうにかなるくれーだったら……オレが、」 瞬きをすれば瞳に溜まった雫が零れそうだ。震える拳を握りしめてきゅっと地面を睨みつける。そして、我慢していた涙がぽろりと下に落ちた。 「―――――――――― いっその事、自分が犠牲になる方がいいか?」 生暖かい風を頬に感じて、どこかで聞いたことのある声を耳元で感じた。ナルトがはっとして顔を上げた時には、もう身体の自由がきかない。その事実に驚愕していると、後ろから誰かに抱きしめられる。 「つかまえた」 はっきりと聞こえる声は直接頭の中に響いてきたように感じてしまう。 「逃げられなかったな」 「……お前」 「最後には自分から近づいてくるのだから、最初と同じだ。結局、お前は俺から逃げる事なんてできない。諦めて俺のものになれ」 確かに人の腕で後ろから抱かれている。不思議と体温も感じる。なのに身体を締め付けてくる力は尋常なものでないような気がした。 「うるせえってばよ。どうしてお前のもんにならなくちゃいけねえんだって、ふざけんなっ!」 精一杯の虚勢が口から零れるのに反して、身体はぴくりとも動かす事はできず不安な気持ちはどんどんと高まる。 「誰かが犠牲になるくらいならば、お前は……どうする?」 狐面の言葉の裏側にシカマルの存在を臭わせられているような気分になる。もしそうだとしても、シカマルは自分が化け物の貢物になる事を良しとはしないだろう。だけれど、シカマルは良しとはしなくてもナルトからすれば自分が犠牲になる方がましだ。 じっと考えて居ると、身体を方向転換される。自分ではどうする事もできないのに、不思議と狐面の促す事には素直に動く身体が恨めしい。視線だけで捉えた化け物をぎっと睨みつける。それくらいの事しかできない自分が悲しいが、何もしないよりはいい。 身体を大きな木の幹に押し付けられる。ごつごつとした質感が背中に当たって痛かった。 「一人は退屈で仕方ない。何かをするのも面倒で仕方ない」 「お前の言ってる事はめちゃくちゃだってばよ」 「それでも、お前も俺と同じ孤独を知っているだろう」 言葉に縛られる。 確かにナルトは小さな頃から孤独と向き合ってきた。生きていくことと等しいくらいに付きまとうのは孤独という影である。お前も同じなんだろうと言う意味合いが、狐面の言葉には含まれているのだ。 だけれど、それを素直に認めるつもりもさらさらない。 「さあな。お前の言いたい事が全然わかんねえ」 ナルトの強がりをどう受け取ったのか、狐面はクククッと楽しそうに笑った。退屈で面倒でしかない時間の中に飛び込んできたナルトという存在を楽しんでいる様に見える。 化け物はナルトの両の手を頭上に上げる。相手の手の感触は離れていくのに、ナルトは上げさせられた手が何かに固定されているのを感じた。大木に張り付けられた身体が拘束されているのに対して、相手は自由になった両手で、ナルトの浴衣の前を肌蹴る。 「な…っ!」 何をするのかと聞くのは愚問だろうか。自分のものになれというのが、性的な意味合いを含んでいる事に気が付いていない訳ではない。だが、冗談じゃない。首筋から鎖骨に移動する指先、そして胸板へ向かう意思を持った手のひら。滑らせられる肌の感覚は人のそれなのに、なんの抑揚も感じないのは相手が自分とは違う生き物ではないだろうか。触られて感じるのは嫌悪だけだ、そのうちにその嫌悪に慣れてくると、不思議と何も感じなかった。身体を這う感覚ははっきりと感じるのに、それに対して何の反応も自分の中で起きる事はない。乱されていくのはシカマルの着付けてくれた浴衣だけで、息が乱れる事はなかった。体温は上昇しているようにも思う。それが、快感と受け止めている身体の反応なのかも、今のナルトには曖昧である。それとも、全ての感覚を化け物に奪われているのだろうか。変わり映えのないナルトの様をどう受け取ったのか、まさぐる手の動きがぴたりと止まった。 この化け物と最初に会った時は、少しだけ触れられただけでも快感に近い物を感じたのに今はどうだろうか。身体の反応云々よりも嫌悪の方が上まっていく。そして、不思議な事に恐怖は薄れていく。 ナルトの真っ直ぐな視線を受けて、するりと腰帯が抜かれた。 「つまらんな……」 呟きは本心だろう。過剰反応をされた方が、からかい甲斐もある。 「手、離してくれってばよ」 流れで自分がどうなるのかなんて想像もしたくないが、出来てしまう。冷めていく気持ちが先程囁かれた言葉と重なった。ナルトは確かに孤独を知っている。本当の一人も知っているし、大勢な人の中で感じる一人も知っている。 「お前の瞳の色は、やっぱりきれいだ」 こいつの言葉は危険だと本能が囁く。聞いてはいけないし、心を移してもいけない。生き方も、住んでいる世界も、見えているものも全てが異なるのだから。 狐面の手がそっとナルトの手首に触れると、強固だった腕の戒めがするりと解けた。不条理に選ばれたわが身を呪う前に、少しだけ憐れみを感じてしまっている。きっと自分はこんな感情の隙間をつけ入れられたのだと思う。ただ恐怖を感じているだけの時には分からなかった何かを感じてしまっている。 「諦めたのか……」 諦めろと言う割りには、少しだけ残念に聞こえた声色。 「お前は一人なのか、孤独を……知ってるって」 「さあな」 「でもオレは、諦めないってばよ。オレの事、信じてくれる人がいるからなっ!」 無性にシカマルに会いたい。彼が居るからもう孤独なんて感じない。友人も沢山いるし、多くの人たちと関わって生きてきた事で、色々なつながりを持つことができた。それを自分から易々と手放す事なんてもう出来ないのだ。 「往生際が悪い」 「しょうがねえってばよ。それがオレなんだから」 じたばたと足掻く事を笑われたって構わない。みっともないと思われても構わない。自分の信念を曲げてまで生きていくことなんて出来ないのだ。 「だから、どんなに無様に見えてもオレは諦めねってばよ」 視線なんて合うはずもない。狐面の奥にどんな顔があるのか、正直ナルトは見たくもないのだ。それでも、見上げた化け物と視線が合っているような気がした。 脅えているだけ、恐怖しているだけ。逃げろと言われ、その通りにしようと思ってしまった。その存在を感じる度に、心の奥が凍っていくように震えていた。 一番弱い感情に付け入られた事は確かだろう。お化けとか幽霊とかは苦手なのだ。出会いたくもなければ、関わりたくだってない。 ナルトは拳を握りしめると、面に向かって思いっきり突きを入れる。こんな事でどうにかなるなんて思っていない。本当に祟られて呪い殺されるかもしれないが、自分の大切な人を巻き込みたくもないのだ。 でも、この行為は自己犠牲でもなかった。自分自身が招いた事へのけじめみたいなもの。 「愚かな……」 手の甲に鋭い痛みを感じる。ぴりぴりと電気が走る様な痛み。暫くすると、ナルトの拳が入った部分に僅かな亀裂が入る。僅かだったそれがピキピキと音を立てて、まっすぐと縦に走る裂け目。亀裂の間から白い煙みたいなものがしゅうっと天に向かって昇っていった。 ナルトは強い力で跳ね飛ばされ、地面に身体を叩きつけられた。体力が一気に奪われたかのような疲労感と脱力感。思わず大きく身体で呼吸してしまうくらいには、息も乱れる。 「う…う……ううっ」 うめき声にも近い声が鼓膜の奥へと響いてきた。それは狐面のお化けの発する声なのだろうか。暗闇に近い空間でも、面から立ち上る煙がはっきりと見て取れるのが気持ち悪い。 白く見える両手が面を覆うように当てられた。 「……え?」 その手はナルトの意を反して、割れた狐の面の裂け目に指を入れると真っ二つに割るように裂く。地面に叩き付けられた面は、ぱっくりと半分に割れていた。 そして、ナルトの目の前で両手と両足を突き四つん這いになって息を整えている影に目を疑う。 「そんな……なんで、」 腰が抜けたみたいな体制から、ナルトはよろよろと立ち上がると蹲るようになった影に近寄る。慌てて足元がよろけてしまうし、叩き付けられた時に身体を強く打ちつけているのか全身が痛い。 それでも、彼に近寄らずには居られなかった。 「なんで?どうして、こんな事に。 大丈夫なのかってばよ!」 割れた面の向こうに見慣れた顔があるとは思わず、これも何かの幻覚なのではないかと疑ってしまった。 「……シカマル?」 肩に手をかけると、顔を上げたシカマルの苦痛に歪んだ表情と目が合う。 血走ったように見えるシカマルの視線に、ナルトは大きな瞳をもっと見開いて動きを止める。 「ナル…」 乾いた声にナルトは首を傾げる。視界にある割れた面は、もう夜店で売られているようなただの面にしか見えない。 「本当に、シカマル……?」 思わず零れたナルトの声に、シカマルがにやりと笑ったような気がした。
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すんません。また続いてしまいました(汗)
しかもー変な話の、変っぽさが倍増な気がします。
雰囲気で読んで下さい。深く読んではいけないです…