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夏の話 ―天気雨―
突然の天気雨。 「あれ……?」 ナルトは青い空を仰ぐ。雨が降ってきそうな雰囲気はまったくと言っていいほどにない。だけれど、パラパラと降ってくる雨粒は確かに額や頬に当たった。 火の国の外れにある小さな神社。近道をしようと寄ったのはいいが、それだけではバチが当たりそうな気がしてがま口から賽銭を放り投げ手を合わせていた時である。 「おかしいな〜…雨雲なんてないってばよ?」 独り呟いて瞬きをしている間に、その不思議な雨は止んでしまった。風にでも乗って山からの雨が落ちてきたのだろうか?そんな風に考えながら石段を下りた。その石段には連なった朱色の鳥居が作られており、その中を潜っていると不思議な気持ちになる。まるで、自分の知っている世界から隔離されてしまったような気分だ。煩いくらいの蝉の声も少し遠くに聞こえる気がしてしまう。そんな事は自分の思い違いと言うのだろうが。 ひょいひょいっと下っていると、カタンと言う音が聞こえてくる。石段を下駄で降りてくるような音だ。
――――――――― カツリ、カツリ。カコン、カコン。
だが、ナルトの記憶の中には、立ち寄った神社に人影は見当たらなかった。不思議と言うよりも、ほんの少しだけ気持ち悪い。ナルトは幽霊だとかお化けだとかは大の苦手で、脳裏に浮かんだのはその大嫌いなモノの存在だったりするのだ。 動揺して、それでも振り返る事はできない。もしも、ナルトの危惧するものが背後にいたらと思うとできないだ。意識しないように、それも足早に石段を下るが、そのナルトの歩調にぴったりと合うように気になる足音が聞こえてくるのだ。 そこまで考えて、ナルトはふっと笑ってしまう。小石が落ちてくる音すら、何かの足音だと思い込んでしてしまいそうなくらいに自分がパニック状態の中に居るのに気が付く。 「オレってほんっとバカだってばよ!」 心の中の不安を払拭するようにわざと大きな声を出してみた。 誰もいない。何もいない。 聞こえた物音は勘違い。 自分の耳を疑いながら、思い切って振り返る。そして、思わず自分が降りてきた石段を見上げてしまう。 「え……?」 一瞬だけ時間が止まり、目を見開いた。 居るはずのない何かが、ナルトよりも五段くらい上の石段に腰かけている。 「えええっ?」 長い黒髪が腰のあたりまであり、質の良さそうな着物を着ている“何か”。残念な事に顔は見る事ができない。よく暗部がつけているような動物の面をそれはつけているのだ。それも、狐と見て分かる事になんだか嫌な感じを覚える。 「……暗部の人?綱手のばあちゃんになんか言われて来たとか、そーゆうの?」 お面は首を傾げた。 「きれいな瞳、空と同じ色。だから、見えるのか?」 声は男のもの。低いのか高いのか、その真ん中なのか。すうっと頭の中に響いてくるような声色。 木の葉隠れの里に、自分の風貌を知らない人はいないはずだ。色んな意味で有名人なナルトは、いい意味でも悪い意味でも人の興味を幼少の頃から惹きつけてきた。だから、その人は里の人間でない事はうかがえる。火の国と言っても広いのだし、人柱力は一種の権力の誇張な存在だったりするのだ。やすやすと漏れるような情報でもないだろう。 「お前が見えておかしいのかってばよ? お前はオレの質問に答えてねえ」 「面白い」 くすりと笑った気配に、ナルトの背筋をぞみっとした感覚が走る。 「お前の中には、俺と近い物がいるらしい」 「……なに、言って――― 」 ナルトの中に封印されているものは、想像しなくても分かっている。狐の化け物。九つの尾をもつ尾獣と呼ばれるものがナルトの中に居るのだ。 「オレは幽霊もお化けも信じねえってばよっ!」 「残念だ。お化けでも幽霊でもないよ? 人でもないけれど……」 ナルトは心の中で「やっぱりお化けだっ!」と叫んだ。声にならない声が疑問符を伴って頭の中に響く。すっと音もなく立ち上がった彼が、一段ずつ石段を下りた。カラン、と鳴る下駄の音。やはり聞き間違いでなかったその音にナルトは眉を顰めた。 「近寄んなってばよ…」 「心外だ。近寄ってきたのは、お前だろう」 近寄った覚えなんかないし、もちろん人でないモノとお近づきにもなりたくない。 狐面の男の指がすうっと上がると、ナルトを指差す。 「動けないだろう」 「は…?」 「逃げ出しだしたいと思っているのに、足の裏に根が張ったように動けないだろう。お前は自分の意思では、もう指一本すら動かす事は出来ない」 じりじりと縮まる距離に、ナルトは後ずさろうとして身体が動かない事に気が付いた。本当に動けないのだ。チャクラを練ろうとするのに、それも侭ならない。 音もなく近寄った彼の手が、すうっとナルトの頬に当てられる。思ったよりも温かい指先。頬を撫ぜるように手のひらが当てられた。 「呪ってやろうか、祟ってやろうか?」 「どうして……」 何も悪い事なんてしていないのだ。近道のつもりでこの神社を通っただけ。賽銭付で手を合わせた自分にこの仕打ちとは納得がいかない。人外である目の前の狐面はこの神社に住む“何か”なのだろうか。 神様、仏様? お化けに幽霊? 違うと否定されたけれど、人でないならナルトの中では一括りにされてしまう、存在。 「そんなに嫌そうな顔をして、せっかくの顔が不細工になっている」 「大きなお世話だってばよっ!」 自由になるのが口だけなんて情けない。 「お前の髪はキレイだね。金色は太陽の色、瞳は空と同じ色」 「綺麗じゃない!」 「腹の中に飼っているものは、黒くて醜いのに……どうしてそんなにきれいなんだろうか」 言われている事の意味が分からない。理解したくないし、出来そうにない。 畏怖の念が高鳴る。危険信号が頭の中で煩く響いた。 「これは実に面白い。 お前を俺のものにしよう。一人では退屈でしょうがない」 「嫌だ―――― 」 絶対に嫌だ。ナルトはやりたい事が沢山ある。やらなくてはいけないと思っている事も。不可解な世界に迷い込んだのは本当なのだろうか。それとも、これは性質の悪い幻覚だろうか。 頬から顎に移動する指先。束の間に感じた感覚は、悦楽に似ている。身体の中に疼く熱を感じた。首筋をそろりと撫ぜられると、快感に近い物が身体の中心に熱になって集中するのが分かる。 「逃げるか?」 「逃げる!」 「どこから?」 「ここから! お前からっ!」 「やっぱり面白い。 逃げられるものなら、逃げてみたらいい」 面によって彼の表情は読めないのに、バカにされたように笑われた気分になる。くっと唇を噛みしめて、ぎゅっと目を瞑った。そして、睨みつけてやろうかと目を開けた時には、目の前に居たはずの狐面の姿がない。 「……そんな」 吹き抜けてくる風は生ぬるく、髪や頬を撫ぜる風がじめっとしていて気持ち悪い。 「マジかよ」 まさしく狐に化かされた気持ちのまま、ナルトはもう一度空を仰いだ。 鳥居によって切り離されたように見える青空。視線を石段の上に戻してみても、やはり自分が見たふざけた男の姿はない。 ナルトは踵を返すと、脱兎のごとく駆け出した。
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何回目かの溜息をもらす。ナルトは思わず息を吐いて、はっと気が付いた。一人でいるときは溜息を付こうが何をしようが勝手かもしれない。だが、今は一人ではないのだ。 「ご、ごめん…」 意味ありげな視線を送られたので思わず謝ってしまう。その視線の主は呆れたような笑みを浮かべた。 「今日は朝から、お前様子がおかしいよな?なんかあったのか?」 「おかしい?」 「ああ、すげえおかしいぜ? いつもなら、二人で休みの日はどこかにでかけようってばよとかうるせーのに、お前は部屋ん中に引きこもったまま、暗い溜息なんかついてるんだからな」 最後にはナルトを労わる様な口調に変わったシカマルの言葉に、ナルトは温かい気持ちになった。 「笑わねえ?」 「そんな笑えるような事でお前は悩んでのかよ」 シカマルが寝そべりながら読書しているベッドの上へナルトもそろそろと移動する。それから彼の首にぎゅっと抱きついた。息を吸い込めば大好きな人の匂いがする。それだけの事なのにひどく安心している自分がいた。 「オレってば……なんか幽霊だかお化けだか分かんねえもんにとりつかれてんだってばよ」 ナルトの背中にシカマルの腕が回る。ぎゅっと抱きしめ返され目頭が熱くなる。 「あいつ、よく知らねえけど……気が付いたら近くに居たりとかするんだって。オレが怖がってんの、絶対に面白がってる。最初は誰かの悪戯だと思ってたけど、やっぱりあいつは普通じゃない」 「お前に寂しい思いさせてたんだな、悪い。ンな事、考えてなくてよ。最近はちょこちょこと下忍との任務も多いし、別にナルトの事ほかっとくつもりなんてねえぞ?」 「シカマル?」 ナルトは訝しげに顔を上げた。近くにはシカマルの優しい瞳がある。だけれど、彼の科白がうまく飲み込めない。 「いや…あの、さ。確かに一緒に居られねえのは寂しいけど。任務とかしょうがねえじゃん?オレもそれは一緒だし……ってか、オレの話聞いてるのかよ?」 「聞いてる」 「真面目に聞いてるのかって、聞いてるんだってばよっ!」 「当たり前だろ?」 しれっと言い返されて、やっぱり会話が成立していない事に気が付く。ナルトは残念な気持ちでシカマルに抱きつく腕を解いた。彼から少しだけ距離を取り、窓辺に背を預けて座る。その態度をどう思ったのか、シカマルも上体を起こした。 「シカはオレが嘘言ってるとか思ってんだろ? お前なら信じてくれるって思ってたのに……ひでえよ。サクラちゃんもサイもカカシ先生もヤマト隊長だって信じてくんなかった。疲れてて幻覚を見るんだとか、思い違いだとか。オレだってそこまでバカじゃねえし!!さすがに見分けもつくってばよ。それに、それに……一番信じたくねえのもオレだってばよっ!!シカマルの大馬鹿野郎」 悔しくて目頭が熱くなる。ナルトが出会ってしまった狐面は、気が付くと視界の中に居たりするのだ。ナルトの視線に気が付くと、すっと手を上げておいでおいでするような仕草で誘ってくる。もちろん無視するつもりで一瞬でも視線をどこかへ外せば、それが居た場所には彼は居なくなっている。ただありがたいことに、アパートの部屋で目撃したことはないので、一番安全な場所はこの部屋だと結論づけた。 「おい…ナルト」 しくじったと気が付いたシカマルはどうしたものかと考えあぐねる。ナルトが幽霊だとかの類を苦手にしているのは知っている。暗闇で物音がするだけでダメなのだ。人の手前虚勢を張っているが、こんな事で人の気を引こうとかは絶対にしないだろう。シカマルも根拠のない事には頷けない性格で、ハナからそんな物は信じていない。だから、恐怖も畏怖もないのだ。それを知っているのに、自分もサクラやカカシのように、ナルトはただの思い込みで木の葉のひとつでもお化けに見えてしまうのだろうと思っていた。ナルトの怒りようは尋常ではないし、強ち思い込みによる視覚の錯覚でもなさそうだ。 「悪かったよ。俺は幽霊だとかお化けだとかは信じねえよ。この性格だ、お前だって知ってるだろ?でもな、俺はお前の言葉は信じるぜ?」 機嫌を直せと促すように、ナルトの頭をそっと撫ぜる。柔らかい髪の感触が好きで、指の間にそれを絡ませた。 「ホントに?」 上目使いで見つめてくる青い瞳から透明な雫が零れる。今まで我慢していたのだろうか。真っ赤になった目でじっとシカマルを見つめてきた。 「だから、怒るなよ」 よしよしと頭を撫ぜて、啄むようにキスをする。最初はぐずぐずと鼻水交じりだったナルトも、何度目かに唇を重ねた時に舌を差し出してくる。シカマルは上にあった手を後頭部に移動させると、ナルトを逃がさないつもりでキスに答えた。 「…んっ……」 鼻の奥から抜けるような声が艶めいている。涙で濡れた頬も瞳も、全てがシカマルを誘っているような気がしていた。愛しいと思う感情がお互いに満ちる。 理由もなく抱き合いたい衝動。何かに急かされるみたいに舌を絡め合う口づけが二人の熱を引き出すのにそんなに時間は必要としなかった。 ベッドに横になって唇を合わせながらも、お互いの衣服を剥ぎ取る。邪魔でしょうがない布きれ。素肌でしか感じれる事の出来ないものを感じたい。 「シカマル…」 懇願するように名前を呼ぶと、鎖骨に当てられていたシカマルがふっと笑ったのを感じる。 「あ…っ」 僅かに空気が揺れるような快感にきゅっと目を瞑った。シカマルが与えてくれる快感が、この時が幻でない事を教えてくれている気がしている。 「すげえ、感じてる?」 「……うん」 手のひらが身体のラインを撫ぜるだけで、ぴくぴくと反応してしまった。 「シカ……」 悲しみが理由でない涙が溢れる。不安でしょうがなかった。見えない恐怖はこの世に存在する。 「シカマル…!」 泣きながら好きな人の名前を呼ぶ。 「こら、泣くなよ」 「……すげ、怖くて、」 信じると、自分の言葉なら信じてくれると言ってくれたシカマルが好きだ。からかわれたりバカにされたり、それでも、その中にはナルトに対する愛情の欠片が潜んでいる。だから真剣に喧嘩をした時でも、本当の気持ちをさらけ出してぶつかり合う事が出来る。 「だから、自分でもホントはおかしいんじゃないかって思いだしてて……」 「あんま泣くなって。苛めてる気分になる」 「シカマルが好きだってばよ」 シカマルの長い腕がナルトを抱きしめる。確かな事は分からないけれど、素肌から伝わる温もりは本物で。伝わる鼓動すらも愛しくて。 「だから、手……離さないで欲しいってばよ」 シカマルは再びナルトの口を塞いだ。溢れ出している涙は止まらない。 激しさは熱を伴って深い快楽の淵へと落ちて行った。
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ごめんなさい。
夏の話って、コッチ系かよ(笑)みたいな。
変な話なんでちょっと困ってます……
これと同じくらいの後半があるってばよ。
なんだかんだ言っても最後はシカナルなオチなんでよろしくです☆