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LOST WORLD 6

 

 

 穏やかな日々、と呼んでもいいのだろうか。

 ナルトが記憶を失くして目が覚めた最初の朝から変わらない、毎日の繰り返し。

 それを単調だとも退屈だとも思わなかった。

 

 ただ、夜になるとふいに襲ってくる感情がある。

 隠している闇は心の中にあって、それと真正面から向き合うのは寝所で目を閉じる時なのだ。せり上がってくる感情が胸を突いて、息をするのも苦しくなる。

 向き合いたいと思うのに、出来ない。そうすると侵食してくる暗い感情に飲み込まれそうになるのだ。

 

 こんな感情を確かに自分は知っているのだ。

 知っているから……心を閉ざす事で、ひとときでいいから安らぎや平穏を得る事ができるなら。

 

 心の扉に鍵をかけてしまおう。

 そして、失われた全てにフタをする。それが一番楽な事だとナルトは本能で察したのだ。

 目尻から零れる雫が、枕に沁み込んで朝になったら乾いてしまうように、全てを「なかった事に」にしてしまう事を選んだ。

 

 現実という迷路から抜け出すには、失われた世界の中で息をする方が、楽に生きられた―――

 

 

「ばあちゃん! 今日は、里から絹と麻が来るんだろ?」

 月に一回は孫娘たちが、梅の所へ訊ねてくるのだ。彼女の処方した薬や、手に入りにくい薬草を取りに来るというのが名目なのだが、ナルトからすれば単に梅を心配してやって来るのだと言う事が容易に想像できた。

「そうだ、そうだ。あの子たちの荷物をまとめてやらなくちゃねえ」

「そんな事、ゆっくりやればいいってばよ」

「ナルトちゃんが手伝ってくれるから、本当に大助かりだよ」

「そんなことないって!」

 照れ隠しの様に頭をかいたナルトが舌をぺろりと出して笑う。梅もそれににっこりと笑って答え、それでもごそごそと薬草の準備など始めたりする。ナルトはそれを微笑ましい気持ちで見つめながら、午後の水汲みに出かける事を思い出した。

「ばあちゃん、オレちょっと行ってくるってばよ!」

 足腰の弱っている老婆には有難い申し出で、ナルトが率先して力仕事を引きうけてくれる事で労わりを感じている。実の孫と同じようにナルトに対して優しい感情が湧いて来るのだ。きっと、それはナルトという少年が生まれながらに持っている性格の所為もあるのだろう。手を振りながら出かけて行くナルトの背中を見送った梅は、視界に見慣れた孫娘の姿をすぐに捕える事ができた。そして、彼女らと一緒に見た事のない客人を連れて来ている事も。

 梅は目にした事のある額当てをした数人の忍者に深く首を垂れたのだった。

 

 

 ナルトは汲んだ水を、よいしょと抱えなおす。額に浮かんだ汗を拭って、ふうっと息をついた。山の上の方から風がさあっと吹いて、その汗もすぐに乾いてしまう。木々に囲まれた自然の残ったこの土地が落ちつく。雑音のしない梅の住む庵が好きだ。ただ、夜になって床闇の中で胸が苦しくなる事を覗いては。

 見慣れた坂道を登りきる。あと少しすれば庵に到着する、と言う所でナルトは歩みを止めた。真っ直ぐに見詰めた視界の中には、大きな木に凭れる様にして立っている、再会したくない男が居る。

 彼は、何を考えているのか空をじっと眺めていた。

 ふっと既視感が記憶の中に蘇る様な、切ない様な苦しい様な感情。それがどこから湧いてくるのか分からない。ただ、決してこの場所で会いたくなかった人物であると言う事は確かである。

 ナルトは伝ったままで、彼―― シカマル ―― を見つめた。じっと見つめていると、彼は一瞬目を閉じて口元に笑みを浮かべた。

 それは、一瞬の出来事。

 その笑みにナルトは、頭の中をぐしゃっと握りつぶされるような痛みを感じる。そして、手にしていた水の入った樽を地面に落としていた。

 ガシャンともガタンとも似つかわない音で転がった樽から、清水がトクトクと音を立てて流れ始める。

 ゆっくりと空からナルトへシフトする、眼差し。射抜かれているような感覚に陥りながら、ナルトは動けないでいる。ナルトの姿を目にしたシカマルは、もう一度優しい笑みを浮かべた。

「どうして……ここに―――― 」

 愚問なのだろうか。優秀な忍である彼には、ナルトの行動はお見通しなのだろうか。急に喉の渇きを覚えた。

「ナルト、待ってたぜ」

「オレは……帰らないっ!」

 相手の言葉なんて聞く気がない。それよりも、自分の気持ちを告げる事の方が先の様な気がした。

「それは出来ない。お前は、木の葉隠れの忍だからな」

「そんななの、関係ねーってばよっ!」

「関係ある」

 断言するように言葉を切ったシカマルがナルトに一歩ずつ詰め寄る。それと同じにナルトは一歩ずつ後ずさった。

「関係……ない。オレは、帰らない」

「どうして?」

「嫌だから、オレはもう……全部ヤダからだってば……」

「動くな」

 命令するような口調ではない。それよりも、それは懇願に近い様な呟きだった。その声は背筋を這いあがる様な奇妙な感覚の呪縛にも感じる。

「逃げるな…」

 シカマルはゆっくりとナルトの距離を縮めた。ナルトはシカマルの言葉に従うように動けない。金縛りにあったように、足が地面と離れる事ができない。逃げ出したいという恐怖心に似た何かと、そうしてはいけないという心の中の琴線に触れる様な声。

「どうして……ほかっといてくれねえんだっ」

「それは、すげー簡単だろ?」

 一人になりたいなんて、言葉もう信じない。あの夜、無理矢理にでも彼の本当の気持ちを聞いておけば、今感じているような感情に苦しめられることもなかった。

 そっと手を上げた。そして手の平でナルトの頬に触れる。

びくんと反応したナルトがぎゅっと目を閉じた。

「弱音も何もかも、俺の前で吐けばいい。吐露すればいい。疑問も全部、俺には答えてやれる自信がある」

「シカマル……」

「だから、逃がすつもりなんて、これっぽちもねーよ」

 ナルトの頬から滑らせた腕で、震えるナルトを抱きしめた。そして深く彼の匂いを吸い込む。

 緑と交るその甘い香りに、シカマルは腕の力は自然と強くなっていった。

 

 

 

 どれくらいシカマルに抱きしめられていたのか分からない。

 その時間は僅かだったかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、ナルトは全てを拒絶したい心のどこかでその温もりを懐かしく恋しくも感じたのだ。

 梅のいる庵の木戸を開いたナルトは、奥に座る影にはっと息を飲む。

 彼女と孫娘である二人の前には、木の葉の里で会った二人の男が居る。

「やあ!ナルト、お邪魔してるよ」

「あ…えっと、カカシ…先生?」

 サクラがそう呼んでいたのを思い出す。

「うん、忘れないでいてくれたんだ。先生、感動だなぁ」

 そして、もう一人。ナルトは思わず首を傾げた。その様子にくすっと笑ったカカシが、彼を肘でつついた。

「ああ、本当だ。俺の事は記憶の端にもないって顔してる。……参ったな」

「言ったでしょ。混乱なんてレベルじゃないって」

 シカマルの笑いを含んだ声色に、ナルトは気まずい心境に襲われる。シカマルに促されるように中に入ったナルトは、どこに腰を落ちつければいいのか迷う。シカマルがカカシと梅の間に座った。ナルトもどちら側にも座る事なく、シカマルの近くに座った。

「お話した通り、ナルトは木の葉に帰って貰う事になります」

 話題の中心はそこか、とナルトは溜息をつく。理由がなければ、彼らがここにくるはずもない。

「オレはヤダってばよ……」

「ナルト!」

 ヤマトの窘めるような声に、ナルトは唇を尖らして明後日の方向を向いてしまう。

「ナルトがお世話になりました。……彼は、もう里へ戻らなければいけない―――― と言うお話は分かっていただけましたか?」

 優しいカカシの話し方に、梅は悲しそうに頷く。

「先程も説明した通り、彼が里を“抜けた“と言う事になれば、話は変わってくるんです」

 ナルトはゆっくりと視線をカカシに戻す。それに気が付いたカカシの瞳が優しく細められる。

「それは……オレが人柱力だから……っ!」

「違う」

 ナルトの慟哭のような声を一喝する様なシカマルの呟き。ナルトは息を飲んで、シカマルの横顔を見つめた。

「人柱力だとか、九尾だとか。そんなん、関係ないだろ?お前は、忍者だ。里を抜けて抜け忍となれば……、お前は追われる立場に変わるって事だ。それは、お前も俺もカカシ先生だってヤマト隊長だって同じことだ。里を捨てて、忍の世界を抜けるって事は口で言うより簡単な事じゃねえよ」

 ナルトの全ての疑問に答えているつもりはない。ただ、一つ知っていて欲しいのはナルトの中に九尾が居るから、ここに自分や恩師が来ている訳ではないと言う事。

 悔しそうに唇を噛んで俯いたナルトを横目で伺いながら、すぐに視線を前に向けた。

「あの…ごめんなさい」

 手を上げた少女に視線が集中する。

「その、ナルトがもう…ここへ来てはいけないと、言う事?」

 ヤマトは首を振る。

「別に彼が休みの日にどう行動するかまで、制限している訳ではないよ」

「そう、なら…よかった」

「でも、このままの状況はいけないって事が君には分かるかな?」

「分かるわ」

 手を上げた少女とは違う、でも同じ顔をした彼女が呟く。

「おばあちゃんとナルトが一緒にいてくれて、本当に嬉しかったのは本当。でも、ナルトが……とてもいい人だって知ってるから、理不尽な理由で…その、追われる立場?になるのは納得できないし」

「理不尽じゃなく、掟みたいなものかな?」

「それが理不尽と言うんじゃなくって?」

「忍の世界へ入るのは、誰かに強制された訳でなく、ナルト自身が選んだ事だから」

 シカマルの完結な説明に誰もが口を閉ざす。

「まぁ、ここへ戻ったのもナルトの選択したことなんだけどな」

 シカマルの言葉に、麻と絹は顔を見合わせる。二人ともがシカマルに好感を抱いたようだ。ここへ来たカカシもヤマトも、ナルトの事を悪くしようとして居るようには見えない。ナルトが選んで、ここへ戻って来たと言う事が現実でも、彼が隠れ里の所属する忍者であることも現実である。

「ナルトちゃん、いつでも遊びに来たらいい……次に来る時は、友達もたくさん連れておいで」

 くしゃりと笑った梅の笑顔は慈愛に満ちている。

 友達。自分が背を向けてしまった。現実から逃げだした。痛みを伴う現実から逃げだした。

 言い訳なんてできない。自分が、この優しい老婆と少女たちを逃げ場所に利用したのだ。

 

 

 ナルトはカカシたちと一緒に、住みなれてしまった庵を後にしたのだった。

 

 

 

 

  

 

 

ナルトは帰る事になるんですが。

記憶混乱状態は続いているまま……

大丈夫だってばよ。

ナルトにはシカマルがいるからね!!