|
LOST WORLD 5
深い緑の匂い。 なんだか、ひどく懐かしい気持ちを味わいながら、むせ返る様な緑の匂いを吸いこむ。踏みしめた足の裏で、小枝がポキンと音を立てて折れた。 その音に反応した老婆が振り返ると驚いたように瞳を大きくし、それからにっこりと笑ってくれる。 「ただいまだってばよ、ばあちゃん」 懐かしく感じてしまう、はにかんだような笑み。 「……おかえり、ナルトちゃん」 顔のシワがより一層深くなる。目頭を押さえた梅は、笑顔を向けるナルトの手を取ったのだった。
「超信じらんねーですけど…!」 不満そうなキバの隣には落ち込んだヒナタが肩を落としている。その前には、眉間のシワを押さえながらサクラが項垂れていた。 「な〜んで、帰って来たナルトがいなくなるんですかぁ?」 棒読みのキバの科白にサクラがきつい眼差しを向ける。 「そんなの…っ! 私の方が聞きたいわよ!!」 態度が可笑しかったのは、ナルトの言う通り記憶の混乱の所為だと思っていた。特に気にも留めず彼のアパートを後にしたのは昨夜の出来事。 「ナルトくん……どうしちゃったんだろう」 「ヒナタ、あいつ本当にナルトだよな?」 「も、もちろんっ!ナルトくんのチャクラだったし、乱れも見られなかったのも確かだし」 無理矢理に元気に見せていたナルトを気に留めていなかった訳でない。 それは誰もが。 ただ、その真実に目を背けていただけの話。 「あ〜もうっ…ホント、カカシ先生やシカマルにどうやって言い訳すればいいのよ…」 サクラの呟きは思わず漏れた本音だろう。カカシからは信頼されてナルトの事を任されていたし、シカマルにもそれとなく目を掛けておくようにと言われた。正しくは、可笑しな点があれば教えて欲しいと言った様な内容だったのだが。 「サクラさん…」 落ち込んだサクラの肩に、躊躇したようなヒナタの手が置かれる。少し震えている肩の動きからサクラが涙しているのが顔を見なくても分かった。 キバもヒナタもサクラも、言葉なく一つの部屋に居る。 誰も言葉に出来ない思いを胸に抱えているのだ。 「サクラ……火影さまには?」 キバの問いかけに顔を上げたサクラの瞳は真っ赤である。力なく首を横に振る彼女が痛々しい。 「じゃあ、カカシ先生には……」 「これからよ。 あなたたちにも木の葉を一緒に探して貰った訳だし……ナルトが里に居ない事は明確なんだもの。報告、しなくちゃ……ね」 昼間、ナルトの様子を見に来た時には………サクラは普通だと思いこむ事にしたのだ。少し、呆けているような気もしたが気晴らしに里をぶらぶらしてくると出かけるのを見送ったのが、彼を見た最後。綱手から頼まれていた仕事を済ませ、夜にナルトのアパートを訪ねた時も彼の姿はなかった。けれど、ナルトだって子供ではない。元々一人暮らしなのだし、彼なりのペースで生活しているのだと。 「私が……悪いのよ。もっとナルトの近くに居てやるべきだった」 「サクラ」 キバとヒナタは無意識に視線を合わせた。ナルトが居なくなってから、そして今回の失踪。マンセルを組むサクラとナルトは忍になる前からの付き合いである。憔悴しない訳がない。それを言えば、キバもヒナタも同じなのだが、過ごしてきた時間はサクラの方が蜜だと言えよう。 シンとした空間に閉めて居ないドアをノックする音が響いて、三人はハッとした。顔を上げたサクラの瞳に映った姿は、本当ならば会いたくない人物だったのかもしれない。 「カカシ…先生、ヤマト隊長も……」 掠れたサクラの声にカカシは目を細める。 「穏やかじゃない話題みたいだけど?…どうしたのかなぁ、サクラ」 キバもヒナタも自分たちが口出しをする事ではないと、無言になる。 「まぁまぁ、先輩。サクラも疲れてるみたいだし、そんな問いだ出すような事は……」 「ん〜?問いただすとかじゃないデショ。 俺なりに心配してるって事!なに、お前にはわかんない?」 「分かるとかの問題じゃなくてですねぇ……」 ぴりぴりとしたヤマトの雰囲気に、思わずサクラは立ち上がった。 「ヤマト隊長!いいんです…分かってます。カカシ先生の言いたい事……それに、今から先生に会いに行こうと思ってたから」 立ち上がったサクラは重たい息を吐いた後、大きく空気を吸い込む。 「もしかしなくても、ナルト…?」 先にカカシに聞かれてしまい、ドキリと胸が鳴る。知らないふりをしているだけで、カカシは全てを知っているのではないか?そう思えてならない。 「……はい」 「なに、あいつ。また迷子になっちゃった?」 「みたいですね…」 カカシなりの冗談に頬を緩ませて、目尻に零れた涙を拭う。サクラはすんっと鼻をすすると、諦めたような笑みを浮かべた。 「昼に覗いた時は、確かにナルトはいたんです。それから出かけるって……それで夕方にアパートによってみたんですけど姿がなくて。心配で、キバやヒナタにも手伝ってもらって、里を探しましたが……ナルトの姿はどこにもありませんでした」 把握できているだけの事を口にすると、話を聞いたカカシは黙りこむ。 「…先輩?」 ヤマトの声にちらりと視線を上げたカカシだが、腕を組んで少し考えるようにしてからふっと笑う気配を感じた。 「サクラ、綱手様には俺から伝えよう。それに、これからの事も」 「カカシ先生!!」 思わず立ち上がったキバに視線が集中する。 「先生……ナルトは里を抜けたって、ことなんですか?」 「さあ?本人に聞いてみないと…なんとも。あいつの意志で里を出たなら、確かに“抜け忍”って事になるかもしれないけど、あいつはただの迷子デショ?」 「迷子…?」 「そう。帰る場所がわからなくなってるだけの話だよ」 カカシなりの優しい言葉に、ヤマトは肩をすくめてサクラたちに帰宅するように伝える。項垂れたサクラを心配するようなヒナタとキバの後ろ姿を見送ったカカシは「どうしたもんかねぇ」とポツリ。 丁度、死角になっていた壁際から肩をすくめたシカマルが現れた。 「こうなるって、キミには読めてた?」 「さあ? …とにかく、あいつの様子が可笑しかったのは本当の事ですから。それにナルトが基本大人しくしてるタイプじゃないでしょ。それはカカシ先生もよ〜く分かってると思ってんですけどね」 「そうだけど。勘弁って気持ちだよ、あいつは……人に心配かけるとか考えないのかねぇ」 にんまりと笑ったカカシとシカマルの間でヤマトが眉間を押さえる。 「ちょ、ちょっと待って下さいよ?あの、こーゆう事ですか?シカマルや先輩には、こうなるって事が予測の範囲内だったと?!」 シカマルとカカシに交互に視線を送ったヤマトは、わざとらしく溜息をついて見せた。 「わかるんなら……それを止めようとか、ないの?君には、そうゆう思考は」 「俺は、あいつと久し振りに会って確かな違和感を察しましたよ。それはカカシ先生にも報告済みっすよ。止めちゃ、あいつの考えてる事が分からないって事で泳がせてみるのも。悪い事ですか?」 しれっと応えたシカマルに、ヤマトは不機嫌を表情にあらわす。 「当たり前でしょ。只の行方不明と抜け忍とじゃ雲泥の差だ」 「あ〜…違う違う。迷子だから、そこんとこ間違えないで」 「先輩っ!!」 誰も、ナルトの本心なんて分からないのだ。それを本人に確かめた訳でもなく、聞いた訳でもなく。 それでも、なんらか彼に思う所があったから里へ戻って来た事は想像できる。だけれど、ナルトは自分の意志でこの里を出たのだ。綱手の判断一つで、追い忍部隊がナルトを追う事になる。 「ここへ来る前に、イルカ先生に会いましたよ。間違いでなければ、ナルトが里を出る前に最後に会ったのはイルカ先生だと思います。それと、これは俺の推測ですが……」 推測、というより確信に近い。それはシカマルの本能が感じた。 「ナルトは記憶の混乱なんて言ってましたが、そんなレベルでないと思います。自分が何者であるのか……それをイルカ先生に訊ねたそうです」 「何者であるか…?」 シカマルの言葉を反芻したヤマトは、難しい顔をしているカカシにちらりと視線を向ける。 「九尾や人柱力について………イルカ先生に訊ねてきたそうですから」 彼の人生の重圧はまずはソコにある。それを、どうやって乗り越えてきたのか。それが重要なのではない。その現実とどう向き合ってきたのかが、真実だ。 だが、ナルトはその真実を判断する記憶を失っている可能性大である。 「一筋縄ではいかないと言うのが、シカマルの見解?」 「そうでもないと……思いたいというのが、俺の気持ちです」 ナルトと自分の築いてきた関係。 それすらも忘れてしまった恋人。その自覚はナルトになくても、シカマルにはある。どうしても、自分がナルトを手放せないのだ。それをナルト自身が「今」望んでいなとしても。 譲れない。 ふっと嘲笑を浮かべると、その肩にカカシの手がポンと置かれた。
「実を言うとねぇ……ナルトちゃんは、もう帰ってこないと思ってたよ」 パチパチと音を立てて燃える炎。 薄暗い部屋には電気なんてものは存在していない。仄暗い、お互いの表情が読み取れないこの空間がナルトは気に行っている。もちろん、雑音もない。耳をすませば、風が葉を揺らす音や近くの川の水の流れる音が鮮明に鼓膜に響く。 「持ち物から、俺が忍だってコト……分かったから、ちょっと見てみたかったんだってばよ」 「ああ、そうだねぇ…だからもう戻って来ないと、思ったんだよ」 「ばあちゃん?」 「上手い言い方は出来ないんだけれど、ナルトちゃんが忍者として生きてきた時間は長い訳だろう?ナルトちゃんにとって、そこが心地よい場所であるなんだとね。それが元ある場所に戻る、……当たり前の事だと……」 ナルトは手の中の湯呑をくるくると回す。 「オレの仲間は……優しかったってばよ。なんも覚えてないオレでも、それを感じることは出来たってばよ。だけど、心ん中に、空いた穴みたいなもんは―――――― 埋まること、なかったんだってば。オレがどんな生活をして、誰と過ごして、すごく気になって。ぽっかりした気持ちが満たされるってか……その理由が分かるんじゃねえのかって思ったけど―――― 」 ナルトは言葉を切ると、己に課せられた宿命を思い出した。 「確かに里に戻れば、仲間と呼べる人間は沢山いた。オレの事、大切にしてくれてんだって……感じた」 それでも、空虚感は埋まることなく。見えない不安だけに満たされた。 「だから、オレ逃げ出しちまった」 「ナルトちゃん…」 「なんだか分かんねえけど、もうちょっとでいいから。オレの気持ちが落ち着くまで、ばあちゃんのとこに居てもいいかな?」 梅はくくっと笑うと何度も頷いた。 「耄碌ババアの所でよけりゃ、ナルトちゃんが居たいと思うまで、好きなだけいたらいい。それでも、ナルトちゃんが、本当に見つけたいものを見つけた時は、ババに遠慮する事だけはしちゃいけないよ?」 ナルトは力強く頷く。 「ありがとだってばよ、ばあちゃん」
心のどこかが欠けている。 それをナルトも感じる。それが何であるのか、見えないだけなのだ。 切なくて、悲しくて、思わず嗚咽が漏れそうになった。
聞きたい言葉も、声も、もう耳に届かなくて……ひどく悲しくなった。
|
ナルト失踪パートU!
ナルトの中の空っぽになってる部分はもちろん、ラバーのことだと思います(笑)
前回ではナルトとシカマルが話をする時間がなかったので…
次回展開は、それ中心になるんじゃないかと。
やっと、シカナルっぽくなりますねぇ