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始まりの朝 4
「あのさ…シカマル」 ナルトの手が、シカマルの胸を押し返す。 「ちょっと、恥ずかしいってばよ」 自分を理解してくれようとするシカマルの腕の中に、大人しく納まっていたのだが、よくよく考えてみると羞恥心が湧き上がってきた。シカマルは、ナルトを慰めようとしてくれている。そんな気持ちを痛いほどに感じてしまって、嬉しい気持ちとは半面に自分の置かれている状況に気が付いて、無性に恥ずかしくなったのだ。抱き締められる…イコール、庇護されているような気分になってしまう。自分の弱い面を誰にも知られたくなかったのに、ここ数日、シカマルには自分の情けない部分を曝け出しているような気がした。それを、シカマルに受け止められているような不思議な感覚。 他人に意識を向けてもらえる事が嬉しくない訳がない。それが、嫌悪やうとんずられる類の感情でないことが、新鮮に思えてしまって。 「シカマル…あの…」 言葉を捜し損ねてしまうナルトだが、はっきりと彼の名前を呼ぶ。 「ナルト」 シカマルの声に、咄嗟に顔を上げた。いつもより近くに感じるシカマルの気配。視線が合って、ドキリとしてしまう。 「お前は、バケモノなんかじゃねえよ」 「…うん」 「オレにとっちゃ、ただのうずまきナルトでしかねぇんだ」 「うん。ありが…」 ナルトの言葉がシカマルの行動によって止められた。近づいてくるシカマルの息遣い。ナルトは瞬時に、現状を把握する。そして、シカマルの視線を受け止めるのが怖くて目を閉じてしまう。その瞼に、柔らかい感触。それがシカマルの唇だと分かってしまって、心臓の鼓動が早くなる。唇は涙の痕を辿って移動する。 「シカマ…」 口を開くのと同時に、ナルトの唇にシカマルのそれが重なった。ナルトはただただ驚愕してしまうだけである。シカマルが自分に向けてくれている好意の意味を、理解してなかった訳ではない。 この口付けを甘んじて受け取ることは、あやふやな気持ちのはけ口に彼を利用しているような気になって、心が痛む。 「や…めっ、シカマル…!」 抱きすくめられた身体は、床に押し倒されている。シカマルにとってナルトの抵抗は弱々しいものでしかない。それだから、ナルトの感じている困苦の感情を逆手にとって利用させてもらうことにした。今はいいのだ。今は、騙されて欲しい。流されて欲しい。弱っているナルトの気持ちを追い込むことはしたくなかったのだが、シカマルとてまだ子供である。ナルトの肩を押し付ける手に別段と力は入れていない。シカマルの胸を押し返そうとするナルトの力も同じようなものだった。 シカマルも、強引な行動に出ていることは十分に承知だ。それでも、探り当てたナルトの唇の柔らかさに、酔ってしまいそうになる。唇をぺろりと舐めると、ナルトの身体がビクリと反応した。抵抗がないことに、シカマルは重ねた唇の間から、ナルトの口内に舌を進入させる。驚いたのか硬直するナルトを宥めるように、熱い舌を絡め取った。 「ん…んんっ!」 鼻から漏れた声は意外と甘いもで、抗議の為に胸を叩くナルトの拳も弱い力でしかない。 ナルトの中にある、孤独という闇を払拭したかった。今の自分にその力がないと分かっていても、その気持ちは止められない。冷静さを失った自分の行動がナルトを追い込む事になるかもしれないという危惧は拭えないが、シカマルにとって、今出来る唯一の気持ちの伝達の一つだ。 「は…ぁ」 ナルトがシカマルの口付けから解放されて漏れた吐息が、か弱く聞こえる。瞳に溜まっていた涙が、瞬きと一緒に零れ落ちた。 「強引だってばよ…シカマル」 少しだけ困ったような口調。それに憤りや怒りみたいなものは感じない。シカマルは内心ほっとしてしまった。零れた雫を指で拭う。 「悪かったな…強引で」 「ホント、悪いってば…」 「あんな、ナルト。九尾の妖狐が、お前の中に居るとしても…俺からすれば、ナルトはナルトでしかねぇ」 「シカマル…」 ナルトは小さい頃から感じていた疎外感を思い出す。自分は「うずまきナルト」という一人の人間として見られてなかった。誰からも受け入れられなかった。自分は「九尾の妖狐」として、バケモノ扱いされてきた。それが当たり前で、だけれど、それを変えたくて「火影を超え、火影になって里の者から認められたい」という意思が生まれたのである。 「もう一度…抱き締めていいか?」 シカマルの問いが、ナルトにしたらとても不思議だった。ナルトは頷くと、シカマルと視線を合わせないように横を向いてしまう。そんなナルトの態度を可愛いと思いながら、シカマルは細い身体をぎゅっと抱き締めた。
昨夜の夕食は、ナルトにとっては苦境でしかなかった。生野菜が苦手だということは、ヨシノに伝わっているらしく、食べやすく温野菜のサラダに変えられていたのだが、いかんせんナルトには野菜に対する潜在的な苦手意識がある。食べやすいように、胡麻風味のドレッシングに和えられた、大量の野菜(ナルトにはそう見えた)に、さーっと血の気が引く気分だったのだ。食べやすくはあるけれど、がつがつと食べられるようなものではなく元来小食の気もあって、ヨシノの心遣いを食べつくすのに、ナルトは必死でしかなかったのだ。それを知ってか知らずか、たまにナルトの皿からシカマルが上手におかずを減らしていってくれたお陰で、せっかくの心づくしを残すような結果にならなかっただけが、唯一の救いだろう。 翌朝、ナルトが目を覚ましたときに、部屋の中にシカマルの気配はなかった。寝ぼけなまこをこすりながら、洗面所に向かう。その途中、洗濯物を抱えたヨシノに会った。 「おはよう、ナルトくん。すぐにご飯食べられるわよ。うちの朝食は和食だけど、大丈夫かしら?」 「おはようございます…」 「まだ疲れてるのねぇ。もう少し、ゆっくりしてからご飯にする?」 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるヨシノに感謝の気持ちが一杯で、ナルトは首を振った。 「顔洗ったら、行くってばよ。ありがとう、おばちゃん」 「そう。準備しておくわね」 ナルトはふと思ったことを口にした。 「おばちゃん。シカマルは…」 「ああ。お父さんと修行の後、火影様の所へ行くって言ってたわ」 「それって、なんか任務だってばよ?」 「さあ?どうなのかしら。そんなに急を要するものでもない風だったし…」 ヨシノの口調は曖昧であったが、嘘を言っているわけではないと感じる。ナルトは慌てて顔を洗い着替えを済ませると、台所へ向かった。ダイニングテーブルには、シカマルの父・シカクが新聞を広げて読んでいる。 「よう!ナルト」 「おはようございますだってばよ、おっちゃん」 「ナルトも今からメシか?」 ナルトは素直に頷く。台所からは、せっせと動くヨシノの気配を感じた。 「さっき起きたばっかりで…おっちゃんも、これから?」 「まあな」 「おばちゃんに、修行してるって聞いたんだけど」 「ああ、奈良家に伝わる秘伝忍術だ。シカマルも中忍になった訳だしな…。これからもビシビシしごく」 その声はどことなく嬉しそうである。 「シカマルに期待してるんだってば?」 「あいつはなぁ…口を開けばめんどくせえとこきやがる。よく言やぁ肩肘張らずにやってると言えるが、これからは小隊長を仰せつかる中忍だ。前の任務で自分の不甲斐なさをようやく知ったんだろうよ」 シカマルが初めて小隊長を務めた任務…サスケの奪回には失敗した。自分には言わないが、その事をやはり随分と気にしているのだろう。ナルトが落ち込んだ様を見て、彼は何を考えたのだろうか。少し思い悩むナルトの前に、茶碗や碗が置かれていく。味噌のいい匂いに顔を上げると、ヨシノの笑顔とぶつかった。 「お腹すいてるでしょう?」 真っ白なご飯に、具沢山の味噌汁。焼き魚。菜っ葉の和え物。野菜が苦手なナルトを考慮してか、和え物はシカクの物と比べると少なく盛られていた。 「わ〜!おいしそうだってばよ。いただきます!」 ナルトは顔の前で両手を合わせる。ヨシノはシカクから新聞を奪うと、「あなたも、食べるか読むかどちらかにしなさい」と、厳しい視線を向けた。 ラーメンは味噌が一番好きだ。身体が芯からあったまるような、味噌汁を口にする。あつあつの味噌汁の中に何種類かの野菜の姿が見えたが、味噌がよく染み込んでいるので気にするほどのものでもなかった。 シカクの真似をして、菜っ葉の和え物に醤油をたらりと垂らす。少し多めにして、野菜の味を誤魔化そうとしたのは内緒。ヨシノも黙って見ていてくれる。口にしないよりは、口にする努力をしているナルトを咎めたりはしない。 「おかわりあるから、沢山食べなくちゃだめよ」 「じゃ、じゃ、味噌汁お代わりするってばよ!おばちゃんの作った味噌汁、超うまいってば!」 ヨシノは嬉しそうに笑うと、ナルトから碗を受け取る。 「ナルト。母ちゃんの扱いがうまいじゃねえか」 小さな声で話しかけるシカクは、まるで子供が悪戯をしているようだ。 「ほんとのこと…言っただけだってばよ」 「へ〜…そうかい」 シカクは口元に笑みを作る。自分たちには当たり前になってしまった事も、ナルトからしてみれば新鮮で嬉しい事なのかも知れない。 「慣れってのは、恐ろしいな…」 ぽつりと呟くと、シカクは味噌汁をすする。いつもと同じ味だ。違うと言えば、いつもよりも具の野菜の種類が多いことだけ。出汁の味は味噌のおいしさを引き立てていたし、うまいと言えばうまい。シカクは当然として受け取っていた妻の行為に感謝する気持ちをふと思い出す。 ナルトの前に、湯気のたつ碗が置かれた。 「熱いから気をつけてね」 「母ちゃん。俺もお代わり頼むわ」 シカクはずいっと空になった碗をヨシノの前に出した。彼女は少しだけ驚いた顔をしている。 「ナルトが言うように超うまいからな」 ヨシノの驚きは倍であった。シカクから料理に対して賛辞されるなんて、何年ぶりだろう。考えただけでも気が遠くなりそうなくらい昔の話だったような気がする。 「お父さんがお代わりなんて、珍しいわね」 「まぁ、いいじゃねえか」 「確かに、いいけどね」 ヨシノは笑い出したいのを堪えながら、台所へ消えていった。 「そうだ、ナルト。今日はなんか予定あんのか?」 魚の小骨と格闘していたナルトが、顔を上げる。 「ん〜…俺ってば、いっぱいやりたいことも考えたいこともあんだけどさ。何から手をつければいいのか、正直分かんないんだってばよ。エロ仙人は、俺の体調が元に戻ってから修行だとか言ってるけど、俺にしてみれば、けっこう元気になったと思ってるし」 「やる事みつかんねえ時は、神様が休めって言ってんだよ。今日は大人しく俺につきあえ」 どうやらシカクは機嫌がいいようだ。昨夜は騒がしく夕食が終わってしまったので、シカクと顔をつき合わせてゆっくり話をするのは初めてである。 「おっちゃん…どっか行くんだってば?」 「ああ、秘密の場所だ」 シカクは豪快に笑った。 「秘密の場所にオレもつれってってくれるってこと?」 「そうゆう事だ」 盆の上から碗を手にしたヨシノが慌てたように声を上げる。 「お父さん!そういう事は早く言ってくれないと…ナルトくんのお弁当作ってないじゃない」 そして、ばたばたと台所へ向かってしまう。 「忙しいやつだなぁ」 クククと笑ったシカクは嬉しそうにしている。台所とここを行き来してるヨシノも面倒な事を言われているという風には見えない。ナルトは不思議な気持ちになった。こんな温かい扱いをされる事はあまりない。ヨシノもシカクもナルトの中にいる「九尾の妖狐」について知っているはずなのに、自分に普通に接してくれている。こんな両親に育てられたから、シカマルも悠然としているのだろうか。 最近、シカマルについて考えることが多い。アカデミー時代、一緒に悪戯をしてしかられたこと、放課後、夕日が沈むまで一緒に遊んだこと。そして、現在。ナルトは無意識の内にシカマルとの思い出を辿る時間が多くなったような気がする。最近自分に見せるシカマルの態度は、今までナルトが知っていたものは少し違っていて、それに戸惑いながらも受け止めてしまう自分がいる。 昨日、抱き締められてキスされた事をふいに思い出してしまい顔が熱くなった。ナルトは自分の唇にそっと触れる。ここにシカマルの唇が触れた。抵抗しようと思わなかったのは、どうしてだろう。優しくされたから、彼の行為を受け入れたのか。否、違う。そう思いたい。シカマルは自分がサスケの事をどう思っていたのか知っている。 「ナルト?」 黙ってしまったナルトを不思議に思ってか、シカクが声をかけた。それに慌てて顔を上げたナルトは、訝しげな顔つきのシカクに笑顔を見せる。 「なんでもないってばよ!」 せっかくヨシノが作ってくれた朝食を冷めないうちに食べてしまおう。そう思ったナルトは、せっせと箸を動かすことに専念することに決めた。
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シカナルっぽくなってきました…
多分、ちょっと位はシカナルっぽいのではないのかと!
シカクとヨシノは大好きなんですが、
どうやって書けばいいのか悩むところ。
ナルトは素直なんだろうなぁと思うのだけど。
決して、流されてる訳では。ま、それでもいいけど…