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始まりの朝 14

 

 

 ナルトが丸々奈良家に世話になったのは、退院して半月程だった。その後からは、自宅に帰り、たまにヨシノやシカクに顔を見せる生活を続けている。ヨシノの一番の心配はナルトの食生活であり、時間がある限り、ナルトに奈良の家に来るように言っていたのだ。それは分かっているのだが、最近は綱手から任務を仰せつかる事もあり、忙しく生活していると言うのが実情だったりする。

 ナルトは三日ぶりに木の葉の地を踏んだ。共に任務を行っていたガイ班の面々と別れると、自分のアパートとは違う方向へ歩いていく。今日は真っ直ぐに奈良家に向っているのだ。その手には、ヨシノへの手土産を持っている。木の葉に自分を待っていてくれる場所が一つ出来た。ナルトにとってはそれがとても嬉しい。仲間や友達とは違う、もっと特別なもの。家族というものを知らないから、ヨシノやシカクが与えてくれる愛情をくすぐったく思った事もあったのだが、今では心地よいものに変わった。

「おい、ナルト!」

 名前を呼ばれて顔を上げると、久しぶりの顔が目に入る。

「シカマル」

 ナルトは自分が自然と笑顔になって行くのが分かった。ナルトにとってもう一つ増えた、帰ってくる場所と待っていてくれる存在。ナルトは自分の気持ちを吐露してしから、まだ一ヶ月余りである。二人の関係が変わってしまうのではないかと不安だった当初とは違い、少しはシカマルの事をまともに見られるようになった。中忍となったシカマルにはナルトと違って、任務に出る事が多く、二人の時間と言うのは極端に減ってしまったのだけれど。それに、ナルトが奈良家で世話になっている時とは違い、すれ違いも多くなっている。

「シカマルってば、これから任務?」

 中忍以上が着用するベストに身を包んだシカマルを見上げる。

「まぁな。…お前は今帰ってきたってとこか?」

「そうだってばよ。なんだ、せっかく土産買ってきたのに…シカマルは任務かぁ」

 残念そうに呟くナルトにシカマルが笑う。

「しゃーねーだろ。俺たちゃ忍だぜ?」

「だよな…」

 シカマルはふっと笑って、ナルトの手首を取った。咄嗟の事に驚いてナルトが声を上げる。

「え?!…シカマル?」

 ぐいぐいと引っ張られて、路地裏に連れて行かれた。そこで、ぎゅっと抱き締められる。ナルトは鼓動が早くなるのを感じた。やはり、何度抱き締められても慣れる事がない。いつもドキドキが止まらないのだ。それがシカマルに伝わってしまうのでないかと、気が気でない。すごく恥ずかしいのだ。意識してしまったからこそ、尚の事。

「なんだ…?」

「き、緊張してんだってばよ」

 苦し紛れの言い訳をシカマルはどう取ったのかナルトには分からない。クククと笑うシカマルの声が耳に届いた。

「笑うなってば!」

「おもしれぇ奴…」

 密着した身体が離れる。ナルトは温もりが離れていく感覚に、眩暈を覚えた。焦燥感に似た苦い感情。ナルトはじっとシカマルを見つめる。見つめられたシカマルは、少し首を傾げた。その仕草がナルトの言葉を待っているものだと分かる。だけれど、ナルトにはこの気持ちを言葉にすることがまだ出来なかった。ぐいっとベストの襟元を引っ張ると、シカマルの顔を引き寄せ、その唇に自分のそれを寄せる。目を閉じているナルトは驚いた顔をしているシカマルの顔を知らないだろう。離れていくナルトを引き寄せるように、シカマルの唇がナルトを追った。

「逃げんじゃねえよ…」

「シカマ…」

 言葉尻を飲み込むように深くなる口付けをナルトはただ受け入れるしかない。いつの間にか行為に夢中になったナルトの手から、土産の袋が落ちる。がさりと音を立てて落ちたそれに、ナルトがぴくりと意識を取り戻した。

「あ…土産!」

 拾おうとしたナルトをシカマルの腕が抱き締めた。

「シカマル…?」

「ちょい待ち」

 ぎゅっと力の入る腕にナルトはシカマルの横顔を見つめる。彼はじっと目を閉じて、ナルトの肩口に頬を寄せている。それだけなのに、ナルトは胸をしめつけられるような感情を覚えた。そっと、シカマルの背に自分の腕を回す。

「オレも…会いたかったってばよ」

 言葉にしないシカマルの気持ちを感じて、ナルトもそっと目を閉じた。限られた時間の触れ合いだと言うのに、まるでこのまま会えなくなってしまうのではないかという不安。そんな懸念をシカマルは知らない。今は、知らないで居て欲しかった。

 

 

 

 呼び鈴を鳴らすと、扉の向こうからヨシノの笑顔が迎えてくれる。

「ナルトくん、お帰りなさい」

「へへ…ただいまだってばよ、おばちゃん。これ、土産だってば」

 ナルトから渡されたビニール袋を受け取ったヨシノは、中身を確認してニコリと笑った。

「今晩は、おいしい魚料理を作らなくちゃね。でも、ナルトくんは仕事に行ってるんだから、お土産なんて気にしなくてもいいのよ?」

「違うってば、おばちゃん。そんな大層なものじゃないってばよ。たまたま帰り道で売ってたんだって。オレってば料理はできないから、おばちゃんに頼みたかったんだってば」

 ヨシノは嬉しそうな顔になり、ナルトを家の中に招き入れる。ナルトが自分の家に帰る事になり、一番寂しがったのはヨシノかもしれない。心配性の彼女は時間のある限り、奈良家で食事を取る事をナルトに強くすすめたのであった。最初は遠慮ばかりしていたナルトだが、今は彼女のそんな気遣いに甘える事にしている。

 ダイニングテーブルに座ると、当たり前のように緑茶が出された。湯気を上げる湯呑みを見つめると、不思議と温かい気持ちになれる。ナルトに茶を淹れる習慣などなかったので、最初は不可解な事の一つだったのだが、奈良家では食事の後や、外出後には必ずと言っていいほど茶が振舞われた。

「シカマルね…ついさっき任務で出て行ったのよ」

 ヨシノの口からシカマルの名前がでて、ナルトはドキリとする。

「うん、会ったってばよ」

「そう、あの子タイミングがいいのね」

「そう…かな」

「お父さんは今晩に帰ってくるらしいから、久々にナルトくんに会えて喜ぶわよ」

 ナルトはじっとヨシノを見つめる。すると、ヨシノが首を傾げた。その身振りがシカマルと重なった。

「えっと…さ、おばちゃん」

「なに?ナルトくん、元気がないじゃない」

「おばちゃんは…一人で、シカマルやおっちゃんの帰り待ってて寂しくないってば?」

「え?」

 ヨシノは意外な質問をぶつけられて、少し驚いたように目を丸くした。真剣な眼差しのナルトを見つめると、ふっと笑う。

「考えた事なかったわ。男が家にいても、いい事なんてないのよ?それに、任務に出向く二人を見送るのは私の役目でしょう?」

「おばちゃんは強いってば…」

 ナルトはぎゅっと湯呑みを握り締める。ヨシノは少し困ったようにしながら、ナルトの前に腰を落ち着けた。

「何言ってるの。人間なんて、気の持ち様でしょ。結局はね、人なんて自分の決めた道でしか歩けないものよ。私がそれを止められるかしら?お父さんやシカマルが私を止めるかしら?違うと思わない?ナルトくんはナルトくんの決めた道を歩くしかないの。それは誰かに決められるものではなくて、自分で選んだ道なんですもの」

「オレの…選んだ道?」

 ヨシノは頷くと、口元に笑みを乗せる。ナルトはコクリと頷くと笑顔になる。

「ありがとうだってばよ、おばちゃん!」

 ヨシノは少しほっとして息をついた。目の前の子供の背負わされた運命は過酷なものだった。それを知っているからこそ、ナルトの事が心配でたまらない。ナルトと触れ合う内に、我が子のように彼を気に留める事が増えて行ったのだ。ナルトの存在はとても不思議だと思える。彼の真っ直ぐな言動を好ましいと感じてしまう。

「シカマルは今日は帰らないのよ。ナルトくんは、どうする?」

「あ…自分ちに帰るってばよ。色々とやる事あるってば」

 シカマルの居ない部屋に一人で過ごすのが堪らなく嫌だ。彼の存在を感じてしまうのに、一人で居る空間が何故だか耐えられない。

「そうねぇ…ナルトくんも色々と大変だわよね。自来也様との出立の日は決まってるの?」

 ナルトは驚いてヨシノの顔を見つめる。

「おばちゃん…知ってるてば…」

「ええ、お父さんから聞いてるわよ。どうしたの、鳩が豆鉄砲食らったような顔して…」

「それって、シカマルも知ってるってば?」

 必死になるナルトは思わず立ち上がる。ナルトの行動にさすがのヨシノも驚いたようだ。ナルトの手が湯呑みから外れて、テーブルの上に転がる。

「ナルトくん…?」

「あっ、ごめんってば!」

 ナルトは慌てて湯呑みを取る。ヨシノは落ち着いたように布きんで零れたお茶を拭いた。

「まだ、シカマルに……あの、誰にも言ったつもりなくって、それで驚いて…」

「あら、そうだったの。どうかしら?あの子と話した覚えはないけれどね」

 ヨシノは特に驚いた風ではない。テーブルの上を綺麗に片付けると、新しい茶を入れるために急須にお湯を注いだ。そして、何かを思い出したようにエプロンのポケットに手を入れる。

「ナルトくん、これもらってくれない?」

 ナルトはヨシノの手の上にあるものをじっと見つめる。

「……おばちゃん?」

「私だって、ずっと家の中に居るわけじゃないのよ?買い物にも出るし」

「でも、これってば…そんな、オレ貰えないってば!」

 ヨシノの手の上に乗るもの。それは小さな鍵。ヨシノに言われなくても分かる。これは、この家の鍵だ。ナルトは鍵とヨシノを交互に見た。

「これは私だけの気持ちじゃないの。ちゃんと、お父さんにも話をしてあるわ。まぁ、体よく言えばお守りみたいなもの…?私は、いつでもナルトくんにお帰りを言いたいと思ってるから」

 ヨシノはナルトの手を取ると、その手に鍵をしっかりと握らせた。ナルトはずっしりと重い気持ちを受け取って、ぎゅっと唇を噛みしめる。涙が零れそうになって、咄嗟に俯いた。嬉しい気持ちと感謝をどうやって伝えればいいのか分からない。薄っぺらい言葉しか思いつかなくて、瞬きと一緒に涙が零れた。

「ありがと…だってばよ、おばちゃん」

 ナルトは手の甲で涙を拭うと、すんと鼻をすする。そんな様子を見てヨシノの表情も柔らかいものに変わった。

「それと、修行の旅のことは…オレからシカマルに言いたいんだってばよ。だから、秘密にしといてほしいってば…」

「そう、…秘密ね?」

「うん、約束だってば」

 真剣な顔つきのナルトに新しいお茶を淹れたヨシノは、しっかりと頷いた。

 

 

 

 

  

 

 

 

前回から、一ヶ月の時間が経ってます。

二人の関係は微妙なまま変わってませんね…

えっと、コレでもエンドマークが近づいてる感じです。