センチュリー21 ネイル

 

 

 

始まりの朝 13

 

 

 シカマルはナルトの部屋にある唯一の椅子に腰掛け、ナルトは対面するようにベッドの上に座っていた。特に何か会話をする訳でもない。緊張しているようなナルトの様子を伺い、シカマルがくすりと笑う。やはりナルトと居ると退屈する事がない。今まで知っていたかのような小さな発見ですら嬉しい。そう思えてしまう自分がおかしいのだが、それも新たな発見だと言えよう。

「ナルト〜」

 シカマルが名前を呼ぶと、俯いていた顔が自分へと向けられる。大好きな青い瞳が自分だけを見つめている。

「お前、俺に色々と話したい事とかあるんじゃなかったっけか?」

 ナルトの顔が瞬時に赤くなる。照れるような話なのだろうか。それはそれは楽しそうだ。シカマルは是非ともナルトから、色々な事を聞きたくなった。

「あ〜…シカマル。喉、渇かねぇ?オレ、なんか買ってこようか?」

 病院を退院してから奈良家でお世話になっている事もあり、飲み物の買い置きもない。唯一、冷蔵庫に入っていた牛乳も賞味期限切れだ。

「別にいいけど…お前んち、茶とかねえの?」

「基本、オレってば牛乳」

 シカマルは呆れたようにナルトを見る。

「あんなぁ…それくらい用意しとけよ」

「だって、オレ飲まねぇし…飲みたいときはコンビニで買ってくるから必要ないってばよ」

 ナルトはごく普通の事を言ったのだが、シカマルからは少し同情の籠もった視線を向けられる。ナルトはそれが少し不思議だった。

「こんなにゆっくり誰かがオレんちに居るのも、シカマルが初めてかもしんねぇ…」

「俺が初めてって、カカシ先生とか自来也様とか来ねえのかよ?」

「来ても、ベランダ越しとか窓越しとか…そんなんばっかだってばよ?」

 シカマルは頭を抱えたくなる。まともな師匠はいないのか…そう言いたくなった。

「カカシ先生ってば、オレの嫌いな野菜ばっか差し入れしてくんだもん」

 それを思い出したのか、ナルトかうんざりとしたような顔つきになる。シカマルは分かりやすいナルトの変化にクククと笑った。

「でも大分、野菜食えるようになってんじゃねえか?」

「それは、シカマルんとこのおばちゃんが料理うまいからだったてば。オレはからっきしだから…」

「おい、まさか…生の野菜と格闘してたのか?」

「………ま、まさか」

 返事のテンポが遅れた事により、シカマルは苦笑する。そのまさかなのだろう。苦手なものの味を誤魔化して食べようとは考え付かなかったのか、またそれもナルトらしいのだが、このままだと本当に一生ラーメン生活を続けるかも知れない。シカマルはそんな危惧を覚える。

「やっぱ、オレなんか買ってくるってばよ!」

 このままでは間が持たないと思ったのか、ナルトが腰を上げた。

「じゃ、俺も着いてく」

「へ?」

 シカマルの言葉が意外だったのか、ナルトが間抜けな返事をする。

「なんか…おかしいか?」

「や…おかしくはねえけど…」

 二人でじっと顔を着き合わせて、ぷっと吹き出す。くすくす笑いが、馬鹿笑いに変わる。何がおかしいのか一頻り二人で笑い合った。

「なに緊張してんだ?」

 ナルトは確信をつかれたように、黙ってしまう。それからじっとシカマルを見つめた。その頬が少し赤い。

「照れるようなことかよ?さっきから、なんか調子狂うな」

「だって…」

「だって、なんだよ?」

「シカマルは照れねぇの?」

 何に対してかすぐに分かったシカマルは、ふっと息を吐いた。それから、ぽりぽりと鼻の頭を掻く。

「最近、お前のことばっか考えてたから…今更照れるとかそうゆうんじゃねえかな」

 真剣に返されてしまって、ナルトは返答に困ってしまう。これは、墓穴を掘った事にならないだろうか。そう気が付くのが遅れると、自分の前に影が出来た。シカマルが、面倒くさそうな顔をしながらナルトの前に立っている。

「警戒すんのもいいけどよ、緊張されると俺も困るな」

「こ…困ってんのは…」

 自分の方だと言おうとした言葉をシカマルの唇によって奪われる。ナルトは目を見開いて、じっとするしかない。どうしていいか分からずに、両手を開いたり握ったりしていた。シカマルの掌が項にかかって、口付けが深くなる。ナルトの手はいつしかシカマルのベストをぎゅっと握っていた。熱い舌が絡まりあう感覚が、胸の鼓動を刺激する。必死になってシカマルに応えていると、彼の事しか考えられなくなった。

「は…あ、ふ…」

 唇が離れるとぎゅっとシカマルに抱き締められた。ナルトの意識は半分くらい朦朧としている。シカマルに応えることで精一杯だったせいもあり、息も絶え絶えなのだ。

「オレってば余裕ねえもん…」

 ナルトが呟くと、「俺もだ」と返された。シカマルに対して余裕がないなんて印象は受けない。自分よりも心の中にゆとりがあるように思えてならない。

「どうしていいのか、分かんないってばよ?」

「俺も分かんねーつうの」

 ナルトはシカマルの事を好きだと意識した途端に、彼と一緒にいるのが妙に照れくさくなってしまった。

「オレ…シカマルとバカやって笑ったりとかしてぇもん」

 太陽が沈むまで泥んこになって遊んだ、遠い様で近い昔。下忍になってからの二人の生活はほぼすれ違いだったけれど、そんな雰囲気は仲間内で出来上がっており、特に気にする事もなくつるめたりしたのだ。

「そーゆうのって、できなくなるってば?」

「…んな訳ねえじゃん」

 シカマルは言葉にしてはいるものの、今のこの瞬間という時に酔ってしまった気分でいる。友達で、親友で、仲間で……そんな気持ちから生まれた恋愛感情。今まで経験した事のない嫉妬に駆られ、今まで考えた事がないくらい他人であるナルトの事を考えた。自分自身の感情に振り回され続けていた。今もナルトの気持ちを聞いたばかりだと言うのに、自分の感情を止められないで居る。こんな自分の姿をナルトに見せたくないと思いつつ、見せ付けたいという捻じ曲がった情念に駆られるのだ。

 シカマルはそっとナルトの身体を解放する。上目遣いで見つめられて、くしゃりと金色の髪を撫ぜる。

「…帰ろうぜ」

「シカマル?」

 首を傾げたナルトは不思議そうだ。シカマル的には第三者がいる空間の方が自制がきくというものだ。それが、両親ならば尚更いいのだろう。

「お前と二人で居ると、どんどん欲深くなってきそうで俺もどうしていいのか分かんねえんだって」

 シカマルの苦笑をどう受け取ったのか、ナルトの不思議顔は変わらない。

「えっと…オレってば、なんかした?」

 そして、不安そうな表情に変わる。そんなナルトを見ていると、本当に醜態を晒してしまいそうで、シカマルは首を振った。

「違ぇよ。お前は何も悪くねえ…つうか、悪りぃのは俺の方」

「シカマルが?オレってば、なんもされてねえよ?」

「するかもしれねぇだろうが」

 直接的ではないが、確信を逸らさないまでも少しは触れたつもりだ。ナルトはじっとシカマルを見つめて、その言葉の意味に気が付いたのか顔を真っ赤に染める。

「な…そ…あの…シカマル!あのさ…えっと…」

「俺の理性を破綻させんな」

 シカマルにぴしゃりと言われてしまうと、ナルトは何も言い返せない。項垂れた頭にシカマルの掌の温もりを感じる。

「だから、帰ろうぜ?」

「うん…」

「お前の話も聞きてえしな」

 今ならまだ一定の距離を保ったままの二人で居られるのではないか、シカマルにはそう思えた。まだ、二人には時間がある。焦って物事を進めるような年でもないはずだ。いきなり気が付いた恋心だが、それを育むのに時間をかけてもいい。

「母ちゃん、きっと首長くして待ってんぞ」

「おばちゃんのゴハン、滅茶苦茶楽しみだってばよ!」

 ようやく笑顔になったナルトは、立ち上がるとシカマルの肩に寄りかかる。

「ナルト?」

「ちょっとやりてえ事、思い出したってばよ。すぐに追いつくから、シカマル先に帰っててくんねぇかな?」

「あのさ、俺の言った事…気にしてんのか?」

 ナルトはぱっと顔を上げると、精一杯の笑顔を作る。

「違げーよ〜!なんか、まだ着替えとか足りねえし、もってきたい巻物とかあるし」

「手伝うぜ?」

「いいってばよ。シカマル、変な心配してんだろ?それって、いわゆる取り越し苦労ってやつなんだってば。そんなんばっかしてると、眉間に皺が増えて早くジジィになるってばよ?」

 ナルトの科白にシカマルがふっと笑う。

「分かった。ま、マジで夕飯までには来いよ?母ちゃん、あれでも心配性なんだぜ」

「そ、それはこの三日間でよく分かったってば」

 視線が合うと二人はぷっと吹き出す。シカマルが片手を上げて、背中を向けた。静かにドアが閉まり、足音が遠のく。ナルトは顔に貼り付けていた笑顔がくしゃりと歪むのを止められなかった。

 サスケが木の葉を抜けてから数ヶ月、ナルトが病院を退院してから三日目。

 シカマルから気持ちを告げられて数ヶ月、ナルトが自分の気持ちに気が付いてたった一日に満たない時間。

ナルトは肝心な事が、頭から抜け落ちていたのだ。サスケを取り戻すため強くなりたいと願い、また同時に暁の目くらましも兼ねて自来也と修行の旅に出ると言う事。それはずっと前から決まっていて、それを望んでも居た。弱いままの自分ではサスケを取り戻せないと言う事が、嫌と言うほど分かっていたから。それに、後を振り返らないためにもそれは自分に必要な時間だと思っていたから。

余りにも居心地が良くて、忘れるところだった。自来也と修行の旅にでる意思は今も変わらない。シカマルの事を大切な人間だと自覚したからこそ、より強くそう望めた。なのに、心のどこかで相対する気持ちもあるのだ。別に一生会えないわけではないのに、これが一生の別れではないのに、どうしてか胸が苦しい。サスケを見失ったのとは違う、胸の痛み。この切ない感情はどこから生まれてくるのだろうか。どうして、涙が溢れてくるのだろうか。ナルトはそれを止めようとは思わなかった。流れる涙の一滴すらも、きっとシカマルを思う感情の一旦だと思えたからだ。

ただはっきりと言える事は、こんなあやふやな気持ちのままでは、シカマルに旅に出る事を告げられそうにもない。

ナルトは自然と足から力が抜けて、床に蹲る。そして、嗚咽を漏らして泣いた。

 

零れる涙を溢れる感情を、止める事は出来なかった。

 

 

 

 

  

 

 

 

長々と書いているので、時間の流れにすごく疎くなってしまうのですが…

ナルトが奈良家に来てから、3日目のことなのでありますよ。

シカマルがナルトに告白してからは日数経ってますが。

この二人、まじ急接近だった訳です(-_-;)