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始まりの朝 10
いつもよりも厳しく感じた父親との修行を済ませると、シカマルは帰路に着く。その足取りが少し重たく感じるのは何故だろうか。朝食事に見たナルトの赤い瞳が忘れられない。 シカマルは無意識の内にため息を着く。何度目のため息なのか数えるのも億劫になるくらいため息をついているような気がした。いつもの家までの帰り道。目に入ってくる景色はいつもと同じだというのに、気分が違えば違った物に見えてくるから不思議だ。この道を、昨夜ナルトと一緒に歩いた。はしゃぐ金髪に口元を緩ませながら、二人で他愛も無い事を言いながら歩いた道。 「なんだってんだよ…」 気弱になっている自分に、チョウジはいつもの自分らしく居ればいいと言ってくれた。だけれど、シカマルには普段の自分がどんな風だったかも思い出せないで居る。頭に浮かぶのはナルトのことばかりで、心に湧き上がってくる感情も胸騒ぎに近い恐れだけ。ナルトに対して強気の態度を取っているが、そんなに自分は強くないと思っている。平常心を保てないのは、初めての恋の所為だろうか?生まれてくる感情に、一つずつ名前を付けられるというのに、ことナルトに対してはどんな風に装えばいいのか、分からないでいる。 シカマルは少し落ち込んだ気分のまま、玄関を見上げた。約束どおり、ナルトは自分の部屋にいるだろう。さっさと連れ出して、チョウジの所へ行ってしまおうか。そんな狡い考えが頭の中に浮かぶ。二人きりになったら、不躾に整理のついていない感情をナルトにぶつけてしまいそうで、怖い。 ぼうっと考えていたら、いきなり目の前の扉が空く。 「シカマル、何してるの?」 ヨシノは不思議そうな顔をして、むっつりと黙る息子の顔を見つめる。シカマルは視線を外すと、「なんでもねぇ」と一言返した。 「ま、ちょうど良かったわ。母さん、買い物に行くから」 「俺、ナルトと一緒にチョウジのとこ行くかもしんねぇ」 「別に構わないわよ。戸締りだけは頼むわね」 ヨシノはそれだけ告げると、シカマルの横をさっさと通り抜ける。ナルトの為に料理の腕を奮うヨシノは毎日嬉しそうだ。何に対しても感動が無い夫や息子と違って、ナルトの反応が嬉しくてたまらないのだろう。今日も新鮮な野菜をたんまり仕入れてくるのだろう事が容易に想像できる。 シカマルは腹を括って、門扉を潜る。ここで考えていても何も始まらない。自分の部屋にノックをするのもおかしい話なので、普通に扉を開けた。だが、そこに居るだろうナルトの姿が無かった。部屋をぐるりと見渡すと、ベッドがこんもりとしている。 「寝ちまったか…」 シカマルは苦笑すると、ベッドに近づいた。そっと覗き込むと、無防備なナルトの寝顔がある。規則的な呼吸を繰り返すナルトを見て、なんだかほっとしてしまった。少し長くなった前髪が、瞼にかかっている。それをそっと掻き上げると、うっすらと瞼が開いた。 青い瞳をじっと見つめてしまってから、シカマルから視線を外す。 「悪りぃ…起こしたな」 「シカマルが帰ってきたら、起きようと思ってったってばよ」 「無理すんな。もう少し寝てろよ、まだ目が赤い」 自然にナルトの頬を撫ぜたシカマルは遠慮気味にその手を離した。 「…ん〜!よく寝たってばっ。起きる」 ナルトは上体を起こして、大きく伸びをした。欠伸をかみ殺しながら、目尻に溜まった涙をごしごし擦る。 「チョウジんとこ行くか?」 シカマルの言葉に少し考えた風のナルトは、曖昧に頷く。 「チョウジんとこにも行きたいけど……シカマルとも話したいってば」 シカマルは胸の鼓動がドキンと跳ね上がるのを感じた。昨夜、ナルトにぶつけてしまった感情の答えを聞くには心の準備が出来て居ないのが本当だった。それでもナルトの視線はとても真剣なもので、シカマルは逃げ道を塞がれた事に気が付く。 「母ちゃん、いねえから……茶とか出せねぇぞ?」 「オレってば、牛乳でオッケーだってよ!」 ナルトの向けてくれる笑みが、好意的なものに見えてしまうのは自分の欲目だろうか。シカマルはふっと笑うと、部屋を後にした。二つのグラスには、牛乳が入っている。それを受け取ったナルトは嬉しそうに口を付けている。 「うめえってばよ!」 「そうか…」 「あっためて、砂糖入れてもおいしいってばよ?」 真剣に言うナルトにシカマルは苦笑する。聞いただけでも甘ったるそうな飲み物を口にする気になれないのが本心だ。 「んじゃ、いつか試してみるわ」 「うん、試してみるってばよ」 ナルトはグラスを机の上に置くと、じっと俯いた。それは何かを考え込んでいるようにも見えた。シカマルは横槍をいれるつもりもなく、ナルトの言葉を待つ。 多分、それは僅かな時間だったのだろうと思う。それでも、針の筵の上にいるような気持ちだった。 「あのさ…シカマル」 「…ああ」 「シカマルは、オレの事…なんで好きなんだってば?」 ナルトからしてみれば、疑問の一つだった。 「理由とか居るのかよ。いるなら、今から考えるけどよ……理由もなく、好きになっちまったんだから、しょうがねぇだろ」 「オレ……ずっとシカマルの事考えてたってばよ。サスケの事じゃなくて、シカマルとの事考えてた。最初に会ったのはいつだったかなぁとか、一緒に悪戯してイルカ先生に怒られたとか、チョウジやキバとよく放課後遊んだなぁ…とか」 「うん…そうか」 「シカマルはオレにとって……その、恋とか愛とか、付き合うとかよく分かんねえ前から一緒だったんだってばよ。大切なダチだし仲間だし…すっげーずるいけど、シカマルを……オレは、シカマルから嫌われたくないって思った」 ナルトはごくりと唾を飲み込むと、じっとシカマルを見つめる。真っ直ぐに視線をそらす事もなく。シカマルの瞳を見つめた。 「シカマルにはオレの、すっげえダサイとこばっか見せちまって…恥ずかしいけど、でも、シカマルにはオレを知って欲しいとか思ったんだってば。九尾の事も、もし話したら……嫌われるんじゃないかって…」 「そんな事ねぇよ!」 シカマルは咄嗟にナルトの言葉を否定する。ナルトは驚いたような顔をしてから、微笑む。 「うん。シカマルは変わらなかったってば。オレをオレだって見てくれた。でも、九尾の事話した時、シカマルを失うんじゃないかって、覚悟してたのも本当なんだってば。そう思われてもしょうがないって……思ったし。でも、シカマルにオレを知って欲しかったんだってば」 「ナルト…」 ナルトは照れくさそうに笑った後、シカマルにもう一度視線を移す。 「馬鹿と元気だけが取り柄なオレも、シカマルに優しくされてなんか…情け無いオレも自分なんだって気が付いたって言うか…上手く言えねぇけど…なんつーか。シカマルと一緒に居ると、オレの知らなかったオレばっかになって、すっごいビックリしてる」 ナルトの顔が赤い。シカマルはすっとナルトに近づくと、その顎に手をかけて顔を上げさせる。至近距離でナルトを見つめた。 ナルトはシカマルの視線を外さない。シカマルの視線を受け止めるように真っ直ぐに、青い瞳を向けてきた。 「オレ…サスケの事は、諦めるつもりはねぇ。サクラちゃんとの一生の約束だし」 「分かってる」 「でも、このままシカマルと離れるかもしれねぇって思ったら……すっげえ苦しくなったってばよ」 「ナルト…」 「二度とシカマルと会わないって決めたら……オレ、滅茶苦茶悲しくなった」 「ナルト……」 「もう、これ以上なんか失うの……やなんだってば」 ナルトの顔がくしゃりと歪む。青い瞳から零れる雫。頬を伝って、シカマルの手に落ちた透明な雫。シカマルはそれを指の背で拭う。ナルトの腕が、シカマルの首に絡められる。そして、ぎゅっと抱き寄せられた。 「……俺にしとけよ、ナルト」 「シカマル…」 シカマルはナルトの身体を抱き返す。 「俺は、お前を離せねぇ。きっと、度量の狭い男だけどよ……お前を、本気で好きだから。好きな気持ちがすっげえ特別な気持ちに変わった。それが、お前の事を好きな理由になんのか分かんねぇけど。お前が感じてる孤独を、俺も知りたい。俺は、それをお前に…感じさせたくねぇ」 「シカマ…」 「こんな奴だけど、……―――― 俺に、しとけよ」 「オレってば…ずりぃよ?」 「その狡さも全部、俺が請け負ってやる。ナルトは、ナルトでいいんだよ」 シカマルはドキドキが収まらない。まさか、ナルトからこんな返事を貰えるとは思って居なかったのだ。 「俺はお前が好きだ」 「なんか、シカマルの言葉はオレを変えてくってば。魔法みたい…」 ナルトはくすりと笑うと、シカマルの顔をじっと見つめてそっとその唇に自分の唇を重ねた。 「オレ…サスケの事考えて泣くかもしんねぇってばよ?」 「いい。俺が近くにいてやるから」 「ホントだってば?」 「男に二言はねぇんだよ」 シカマルの指がナルトのそれに絡められる。そこからシカマルの気持ちが溢れて居るような気がして、ナルトもぎゅっと握り返した。 「なんかいっぱいシカマルに伝えたい事、……あったはずなんだけど、言葉が見つからねぇってば」 シカマルはくすりと笑う。そのいい様がナルトらしい。 「お前は俺の全てを変えたんだよな…それだけで満足っつったら語弊があるけど、俺も言葉が見つからねぇよ」 今、この瞬間に生まれた何かに、二人とも別称を付ける事が出来ない。愛と呼ぶには幼稚すぎる感情の行方が二人の心を行き交っている。心の奥に合った何かが、するりと解けていくような感覚に安らぎを感じている。激しい感情の起伏は無いが、穏やかに時を刻み始めた時間に身をゆだねる事が全てだった。
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ナルトの心境の変化は、後日書きたいと思います。
人と人が出会うのはすごく簡単な事だと思うんです。
シカマルがナルトを自然と好きになったように…
ナルトも少しずつ、シカマルの気持ちを考えるようになりました。
もうちょっと続きますが、最後までお付き合いください(^^ゞ