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END ROLL 4
目を空けて、病室でない事に気が付く。 退院したのはつい先日で、まだ引っ越し先であるこの部屋の壁紙に目が馴染まない。 開けられた窓から、いい風が入ってきてレースのカーテンを揺らしていた。 「……天気、いいな」 ナルトがぽつりと呟く。差し込む光も温かくて、空気が澄んでいる。静かで良い所だと思った。我愛羅に頼んで探してもらった物件は一軒家で、ナルトがずっと欲しいと思っていた念願の広い庭も存在する。探してもらったと言うのは語弊があるかもしれない。賃貸や売り物件からではアシが付くかもしれないという点から、我愛羅の所有している家を譲ってもらったのだ。それは申し訳なくなるくらいの破格値で。 ぼうっとしていると、ドアの開く音が聞こえる。視線をゆっくりとそちらへ向けると、良く知った顔が見えた。 「ナルトくん、気分はどう?」 「悪くねえってばよ。それよりもヒナタ、こんなとこ居ていいのかってばよ?ネジの手伝いとか…」 日向ヒナタは高校の時の同級生だ。柔らかい瞳の色が印象的で、一つ上の従兄妹であるネジと結婚していた。日向家は代々医者の家系である。キバがナルトを運んだ救急病院で、たまたまネジと再会したのが彼女との再会のきっかけである。そして、その病院の医者ではないネジに我儘を承知の上で転院の手続きを取ってもらったのだ。ナルトの中では、我愛羅にも連絡をつけてもらった所から記憶の糸はプツンと消えていた。 「ネジ兄さんは、もう少し入院した方がいいって言ってたでしょ。私も同意見なんだよ。せめて、こうやって通わせて欲しいんだけど……」 ヒナタが困ったような笑みを漏らした。急性虫垂炎と急性腹膜炎。あと少し処置が遅れていたら、この世に居なかったかもしれないというレベルの話だったらしい。意識が戻った後で、こんこんとネジから叱られた。 「オレは嬉しいんだけど、……迷惑になるのは嫌だから」 「そ、そんな事ないよっ!」 大きな声を出してしまった口を恥ずかしそうに細い指が隠す。誰かの後ろに隠れてしまうような性格だと思っていた彼女は、芯の強い女性に変貌を遂げていた。今は夫であるネジの開業の手伝いで忙しいはずなのに、その合間を縫ってはナルトの様子を見に来てくれるのだ。 ようやく点滴が外れ、軽い流動食を口にできるようになってきたばかりで、もちろん体力もないナルトを一人にできないと思っているのかもしれない。 甲斐甲斐しく通ってくれるのはヒナタだけではなく、ネジも我愛羅も同じだった。 シカマルとの縁を切った時点で、大切な友人たちとも別れる事になってしまったと思っていたナルトは、心の底から自分を取り巻く人たちに感謝したい気持ちでいる。見えていなかった、繋がり。人の優しさとか、温かさとか。 それでも、ふと瞬間にシカマルの事を思い出してしまうのも本当の事だった。自分のとった行動に後悔はしていない。別れは、二人にとって一番自然な選択肢だったはずだと信じている。それでも時々、胸が痛む。心のどこかで彼を求めている自分に気が付いて、卑下することも。 「あの、ナルトくん……」 「ん? なんだよ、ヒナタ」 「気になる…ん、でしょ?本当はシカマルくんたちの事」 「…えっ?」 ドキリと鳴った心臓。今、シカマルの事を考えた自分を見抜かれているようで動揺してしまった。 「ない…ないないっ! そうゆうの、ないってばよ。前の自分には戻れねえし、色んな人に迷惑かけて……なんかすげー悪りぃなって」 ナルトは精一杯の笑顔を見せた。ヒナタは一瞬、目を大きく開けてからにっこり笑った。 「そうだよね、ごめんなさい。変な事聞いちゃったね」 ヒナタと他愛のない話をして午後を過ごした。彼女が帰っていくのをベッドの上で見送ってから、再び静寂が訪れる。なるべく歩行するようにしていた。傷口がズキズキと痛いのだが、寝転がってばかりではいけないと言われてもいる。もちろん無理は出来ないので、大好きな庭いじりまでは許可されていないのだけれど。 太陽が落ちると家政婦がやってきて、夕飯を作ってくれた。まだ普通に生活を送れないナルトの為に、我愛羅が気を利かせてくれているのだ。有難いけれど、夕飯を作った後にはすぐに帰ってもらうようにしている。怒涛のような日々が過ぎていて、ナルトは自分自身について考える時間が全くと言っていいほどなかったのだ。だからだろうか、なるべく一人の時間が欲しくて堪らない。 一人きりの夜が日常。その静かな夜は、次に恋人がやってくるのを楽しみに思う夜でもあった。寂しいとか辛いとか考えた事はない。シカマルという存在が自分の生活にどれだけ浸透していて、またナルトがそれに慣れた生活を送っていたのかを、本当に一人になってから実感してしまう。皮肉な事に、彼と別れた後の方が二人の思い出を嫌なくらい思い出す。良い思い出も、悪い思い出も……今となってしまえば意味のないものに感じてしまうから不思議だ。 キッチンで好きな紅茶を淹れたナルトはゆっくりと寝室に戻った。今のところの一番の苦痛は、寝室がある二階に登ることである。手すりにつかまりながら一歩一歩上がっていると、ふいに物音が聞こえた。振り返ろうとして、知っている匂いがナルトの鼻腔にふわりと届く。指先まで痺れて痛くなるような不思議な感覚にカップを握っている指が解けてしまった。 床に落ちてカップの割れる嫌な音。身体の芯から力が抜けてしまうような感覚に、腰から力が抜けた。 「ナルトっ!」 崩れた自分を抱きとめてくれた腕をナルトはじっと見つめた。 「大丈夫か?どうした、気分が悪いのか。火傷は……」 「一気に言われたら、どの質問に答えていいのか分かんねえってばよ」 声を聞いてほっとしてしまったナルトは、ふうっと息をつくと態勢を直そうと手すりに手を掛ける。 「無理をするな」 「我愛羅は心配性だなぁ。大丈夫!ちょっと手が滑っただけだって」 それでも我愛羅は簡単にナルトを抱き上げる。 「ちょ、ちょっと…大丈夫って言ってるだろ?」 同じような身長に同じような体躯。それなのに我愛羅はいとも簡単にナルトを抱き上げた。まだ傷口が痛むナルトはその態勢にも顔を歪める。それを我愛羅も分かっているのか、急いで階段を上がってくれた。ベッドに寝かせられて思わず笑ってしまう。我愛羅が本当に心配そうな顔つきでナルトを覗き込んできたからだ。 「我愛羅って意外と力持ちだってばよ。オレとそんなに体格も変わらねえのにさ〜」 「お前、自分が痩せている事に気が付いていないのか?」 「……今は、体力と体重戻してるとこだってばよ」 むすりとするナルトに我愛羅は笑みを見せた。きっちりと着込んだスーツ姿はいつもの彼で、柔らかい物腰は出会った頃にはなかった彼の大人の余裕を見せつけられる。 「紅茶を淹れ直してこよう。それと、割れたカップも片付けないと怪我をするな…」 「我愛羅がっ!?」 「なんだ。俺が紅茶のひとつも淹れられないと思っているのか」 「……だって、SAHARAグループの総帥が自分でお茶挿れるとか、ホウキとちりとり持ってる姿とか想像できるかってばよ」 世界にその名を轟かせる財閥砂原グループの総帥で、早くに亡くなった父親の後を継いでタイトなスケジュールで働いている事も知っているし……到底、一般的な家事ができるようには思えない。 「馬鹿にするな。悪いが、ナルトよりも美味く淹れられる自信がある」 驚いたように目を見開くナルトを背に扉を閉めた我愛羅は、はあっと溜息をついた。ナルトが崩れるように倒れかけた瞬間、彼は恋人だった男の名前を呼んだ。きっと無自覚に。きっとその事にも気が付いていないのだ。ナルトの心の中に、まだ深く根付いた恋人の存在を払拭できない事は知っているつもりでいる。それは誰かができる事ではなく、ナルト自身がする事だとも思う。それなのに、胸の中に沸いた敗北感はなんだろうか。 「ナルトが驚くような紅茶を淹れる方が先だな……」 ナルトは何年かイギリスに留学していたことも知っている。ナルトが好きな英国式の紅茶を淹れてやろうと、我愛羅は階段を下りた。
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ナルトは動揺を隠せないままシカマルの後を追う。 「シカマルっ! 待てってばよ」 すぐに追いついた背中にほっとしてその肩に手をかけると、鋭い視線がナルトを射抜く。思わずシカマルに触れた手を引いてしまった。 「……おこって、んの?」 「ったりめーだろうが」 「でも、」 「でもじゃねえよ」 ナルトはシカマルから視線を外して俯いた。キバが開いた合コンになぜか参加させられたシカマルとナルトは、二次会だと騒ぐ仲間内を抜け出してきたのだ。もちろんこのまま帰ろうとしているシカマルに、すぐにナルトが気が付いて追ってきたのだが、彼の機嫌は最悪である。 「こんな茶番にこれ以上付き合えるかよ」 合コンの主催者のキバが、なんとなくでも二人の仲に気が付いている節がある。ナルトの意思を尊重してシカマルは二人が付き合っている事を吹聴しない。だけれど、わざわざこんな集まりに参加するのはまっぴらごめんだ。 「キバの奴、あからさまに女当てがってきやがって……」 「それは、キバは……知らない、からだってばよ」 「お前、どこまで間抜けなんだよ?」 シカマルがバカにしたようにふっと笑う。ナルトは首を傾げて、シカマルを見上げた。 「あいつ、知ってるぜ。知ってるから態と俺を合コンに呼ぶんだろーが。しかもナルト経由でよ。そうすりゃ俺が断らねえとか踏んでんだぜ」 ナルトが驚いたように青い瞳を大きくした。それは、キバが二人の関係に気が付いているという件である。 「…マジ?嘘、だって……そんな事言われた事ねえし」 「気が付けって」 「そんなん気が付けないってばよ」 俯いているナルトの頭にシカマルの手が当てられる。くしゃりと髪を撫ぜられて、思わず顔を上げた。ぶつかった視線はいつもの優しいシカマルのもので、思わずホッとしてしまう。 「ごめんな、オレ…気が付いてなくて」 「お前が気が付いてねえの分かってたし……俺も、八つ当たりした」 キバが牽制してくるのだから、直接彼と話をすればいい。ナルトに八つ当たりしたのは、彼に構ってほしいからかもしれない。まだ付き合いも浅い事は確かだし、二人の気持ちが一つである確証もない。今はお互いが良く見えているだけで、好きな女の子が出来て勘違いだったと一笑される事だって無きにしも非ずだ。どちらつかずのあやふやな関係をキバに見抜かれているようで、シカマルからしたら気分が悪い。 「とりあえず、俺はもうこうゆうのは嫌だからな。お前だってキバに頼まれたからって…」 参加する事はないと言おうとした所で、視界の端に先程まで一緒だった合コン相手の一人が現れる。長い髪にきつめの瞳で自分が美人だと知っているような勝ち気な少女だった。頭の回転がいいので話し相手には十分でシカマルもよく話をした女子。名前は興味がないので覚えてもいない。 「奈良くん!」 一緒にナルトも居ると言うのに、名前を呼ぶのはシカマルだけ。用があるのはシカマルだけだと言っているようなものだ。 「帰っちゃうの?」 駆け寄ってシカマルのブレザーの裾をちょんっと引っ張る。その慣れ慣れしい態度からも好意を寄せられている事は分かった。 「帰るけど、なんか用?二次会行くんじゃねえの?」 「奈良くんが行かないなら、私だって行く意味ないもの」 大きな瞳を潤ませて見上げてくる彼女にシカマルは苦笑する。心が揺れる要素は何一つなくて、それよりも疎外されたナルトの方が気になってしょうがない。鈍感なナルトにだって、シカマルが好意を寄せられている事は分かるだろう。少し青い顔をして俯いているナルトに視線を移すと、自分に意識が向いていないと察した彼女が眉を顰める。 「渦巻くん。私、奈良くんと話があるの。ちょっと、外してくれない?」 頭のいい女は嫌いではない。見目がいいのもポイントが高いだろう。だけれど、自分が大切にしているものを傷つける権利はこの女にはない。 「わかった……話、終わったら教えてくれってばよ」 それなのに背中を向けようとしたナルトをシカマルが止めた。 「そんな必要はねえよ。話あるんなら、どうぞ。後から来たのはオタクなんだから、ナルトが邪魔っつうのはねえだろ」 「そう?私は別に構わない。私、奈良くんの事が好きなの。あなたが好きだから、この合コンだって参加したんだから!あなたが帰っちゃうなら、意味がないの。渦巻くんだって、知ってるわよね?私に協力してくれたから奈良くんを呼んでくれたんでしょう?」 なんとも思っていない人間から告白されても嬉しくもなんともない。それよりも、それをナルトも知っていて協力しているという事に腹が立つ。 「……、協力?」 機嫌の悪いシカマルの言葉にナルトは答えない。協力と言うのが、どこからどこまでを言うのかは知らないが、シカマルを合コンに呼ぶための餌にナルトが選ばれた事は明白である。それもナルトも同意の上だという事だ。 「バッカらしい」 「シカマル!」 「俺を誰かをくっつけてーんなら、こんな回りくどい事すんじゃねえよ」 傷ついた瞳の色。震えた青い唇。それでも、感情を抑えられない。どちらかと言えば、ナルトの付き合いは自分が主導権を握っている。確かな物が欲しいのはシカマルも同じだ。 どっちつかずで風にでも吹かれたら、ふらりと離れてしまうような関係。そうなるのを望んでいるのは、ナルトなのだろうか。 シカマルは全てに興味を無くして、背中を向けた。 「ちょっ…待って!」 先に行動をしたのはナルトでなく、それにも腹が立つ。自分の腕を取った少女に視線を向ける。それから意味深にナルトへ視線を移した。 「お前が良いって言うなら」 「シカマルっ!」 「そーゆう事じゃねえの?」 「違うってばよ」 「違わねえ結果が目の前に居るんだけど?」 皮肉っぽく笑うとナルトの大きな瞳が自分だけを移しているのが見える。絶望に泣きたいのは自分の方だと言うのに、傷ついたような顔をしているのに神経を逆なでされる。 「よく言うぜ。そう言うなら、ちゃんとした証拠見せて欲しいモンだわ」 背中を向けて歩き出すと、その隣にはちゃっかりと女が付いてきている。どこまでも図々しいが、これくらいの自己主張をナルトにもしてほしいものである。呆れたような息をついた所で、ぐいっと腕を引っ張られた。足を止められてシカマルは不機嫌に腕に絡まる指を見つめる。 「渦巻くんっ?」 甲高い女の声が耳に聞こえた。それも、一瞬だったが。 ネクタイをぐいっと引っ張られたと思ったら、間近にナルトの顔があった。そして触れた唇。 真っ赤になった頬に、伏せられたまつ毛が長くて、やっぱり震えていた。 「逃げんなよ」 離れようとするナルトの後頭部に手を回した。 見せつければいい。誰にも恥じる事も隠す事もない。 「ん…やっ……」 誘ってきたのはお前だと心の中で言いながら、口づけを深くする。 執着とか固執とか、簡単に言葉にできない狂気に似たような感情。どんどんと麻痺してくるのは触れた唇ではなくて、重なろうとする心。 唇を離すと、少女の姿はなかった。好きな男が同性でキスする姿を見てショックを受けたのだろうか。それとも自分が存在できない世界に気が付いて、バカバカしくなったのかもしれない。シカマルにはどうでも良かった。それよりも、人前で自分にキスしてきたナルトに心が揺れたし、彼とのキスに酔っていた。 ぎゅっと抱きしめると、ナルトの震えが止まる。 「嫌いに……なったかと、思った……オレのこと」 震えた音は涙声。 「お前ってバカだよな」 「だって怖くて、どっかに…シカマルが……」 「行くわけねえし。お前、方向音痴だろ?一人で帰れねえぞ」 ずずっと鼻をすする音にシカマルが苦笑する。 「すぐ迷子になるからな」 手を離してはいけないし、目を離してもいけない。 もっともっと、自分に見せつけて欲しい。どれだけの「好き」が存在していて、どれだけの「必要不可欠」が存在するのか教えてほしい。 「嫌いになる訳…ねえだろ」 心を揺らすのは、ナルトという存在だけなのだから。
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我愛羅が紅茶を淹れて部屋に戻ると、ナルトはすでに夢の中に居た。 眠っている時の方が、その風貌が幼く見える。自分も童顔で苦労した性質だが、彼も同じだろう。その目尻に涙の跡を見つける。 我愛羅はそっとその涙を拭う。出会った時には彼には大切にしてる恋人がおり、彼に対する気持ちは淡い初恋のまま終わった。 「せっかく美味い紅茶を淹れたと言うのに……」 濡れたまつ毛を指先で拭って、涙で濡れた爪先が熱い事に気が付く。一瞬で息を止められてしまうような別れがあったなら、こんな苦しい思いを抱えたままで居なかったかもしれない。だけれど、その思いを仕舞い込んでもナルトと友でありたいと願ったのも自分だ。 頼られた事に喜びを感じながらも、どこかでナルトを追い詰めてでも自分のものにしたい狡い感情も存在する。お互いの利害が一致すれば、彼との関係が違う未来を迎える事があるのだろうか? 我愛羅は無意識にナルトに唇を寄せる。柔らかい唇は切なさを誘うだけの温もりを持っていた。
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またまた進んでない様な、進んでいるような(苦)
我愛羅さん苗字ほしいよーってなって、どうしても出てこないので
TRASHの土田さんに命名してもらいました。
砂原(サハラ)さんです。サンクス、つっちぃ(*^_^*)
もう、我愛羅が出てきた時点で我→ナルトは決定です。
もちろんヒナタもネジも→ナルト(笑)
当サイトの要素が詰まった感じですね。