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END ROLL 3
身体を揺すられている。その度に胃の辺りがツキンツキンと痛い。 勘弁してくれと思って目を開けると、見知らぬそれでいて困ったような女性の顔が飛び込んできた。 「あの、携帯電話がずっと鳴ってますけど…?」 「あ、すみませ…」 ナルトはふらつく身体を支えながらソファから身体を起こす。激痛が走る胃の辺りを思わず押えた。 「それから、ずっと…チャイムも鳴ってるんで」 ナルトは申し訳ない気持ちのまま、見慣れているはずの部屋の中がすっかりと片付けられている事を知る。急を要して頼んだ引っ越し業者。荷造りも全て任せられるシステムにしたのは正解だった。こんなにいきなり体調を崩すとも思っていなかったし、数日前から熱が下がらないのが一番のネックである。病院にも行っていないが、とりあえず風邪薬から解熱剤にシフトしたところだ。 液晶画面に友人の名前。うんざりする気持ちのまま電話に出る。 「もしもし…? ん、今開けるってばよ」 やはりというか、予想通りすぎる友人の出現にナルトは苦笑する。それから数分と待たない内に、親友と呼べる二人が部屋の中に入ってきた。 品のいいスーツに身を包んだ彼らは、ナルトと部屋の状態を見て驚いている。 「悪りぃけど、茶とか出せねえってばよ。見ての通り引っ越しの最中だから」 「バカ!!そんな時間あるかよ。 お前、これ…どうゆう事だ?それに今日が何の日が知ってて……」 捲し立てるキバをナルトはじっと見つめる。 「頭に響くから大声出すの、やめてくれってばよ」 「おいおい、……マジかよ?」 すっかりと荷物の整理された部屋。何が行われているのかは一目瞭然だ。ぽつんと残っているソファの前に座ったキバが頭を抱えている。 「ナルト……」 もう一人の友人であるチョウジの声色が、ナルトを労わっているようにも聞こえる。 「初めからシカマルの結婚式に出るつもり、なかったんだ?」 「それは昨日もシカマルと喧嘩したけど、当たり前だって。さすがに…な。オレだって弁えてるつもりだってばよ。それに、いくらオレでもこれ以上シカマルに付き合ってらんねえ」 そのシカマルから言われてナルトを迎えに来たのだと分かる二人に、ナルトは心から同情してしまう。自分とシカマルに振り回された可哀想な友人たち。 「ほんとにごめんな」 「そう思うなら……」 言いかけたキバが言葉を止めた。胡坐をかいたまま、暗い溜息を吐いている。その隣に、チョウジも腰を下ろす。 「結婚式当日なら、シカマルが来ないっていうつもりで……引っ越し?」 「ま、そう……これ以上はさすがにお前らだって分かってるだろ。シカマルには、マンションに着いた時にはオレは居なかったって伝えてくれりゃいいって。なんか、巻き込んで悪りぃ」 ナルトは心の底からキバやチョウジに悪いと思っている。自分たちの関係を黙認しながらも傍に居てくれた大切な友人。だけれど、それを捨てなければシカマルとの決別もあり得ない。 「ナルト、顔色がすごく悪い」 チョウジの指摘にキバもまじまじとナルトを見上げた。 「おい、なんかお前……体調、良くねえのか?」 「熱が下がらなくて。 あ、薬は飲んでるってばよ」 ケロリと答えてみるが、実際はその見かけだけの余裕を絞りだすのがやっとの状況である。脂汗がにじみ出てきて、背筋がすうっと寒い。また熱が上がってるのかもしれない。 「お前、飲んでるのって市販の薬だろ?それで症状がよくならねえなら、病院に行くべきだろうが」 ナルトは口を噤む。その時間が正直なかったのだ。薬局の薬剤師にも同じような事を言われた。それに、仕事だとか引っ越しの事だとか、やらなくてはいけない事が目白押しで病院に行くという選択肢は一番後に追いやられていたのだ。引っ越しを無事に済ませたら行けばいいと思っていたのも確かである。 そんな事を考えて居ると、急激な痛みに身体が硬直する。数日の間にその間隔がどんどん狭まってきた。もちろん身動きひとつも激痛に変わり、息をするのも苦しい。数分の時間が永遠に思えるような苦痛が、自分に与えられた罰のような気がして、腹を中心にしてぐるぐる回っているような痛みに蹲ってしまう。 「やべえよ、お前。今すぐにでも病院に……救急車とかのがいいのか?」 「い…いっ…から、早く行けってばよ……お前ら、いねえの…おかしいってっ」 声を振り絞るだけでも苦しくてしょうがない。このままタクシーを捕まえて新居へ向かわなければ、一足先に向かった引っ越し業者が困ってしまう。先に大きな家具を運び出してもらっている。大体の配置は間取り図に指定しておいたが、家主がいないのは問題だ。 それに、自分を迎えにきたキバやチョウジの到着が遅ければ遅いほど、シカマルに勘ぐられる。 「チョウジ、先に行けよ。俺はナルトを病院に放り込んでから向かう。それくらいの時間はあんだろ」 「そんな! ボクも行くよ」 キバはとんでもないと両手をひらひらと振った。 「俺はこの通りぬらりくらりとシカマルへ受け答えできるけど、お前は俺よりもシカマルと付き合いなげー分、そりゃ絶対に無理だ。嘘、つけねえだろうが……」 「それは……」 人のいいチョウジがシカマルの誘導尋問を受け流す事は無理だ。 「つかなくていい嘘は、お前…つく必要ねえよ」 チョウジは眉を顰める。誰が一番とか二番とか、そんな風に友人にランク付けした事はない。ただ、シカマルとは特別な間柄であるのも嘘ではない。信頼がどこか根底で繋がっているような感じで、なんとなく気が合ってしまう。もちろん、シカマルに対して上手い嘘なんてつける筈もなく……。突きつけられた事実に深い溜息をつくしかない。チョウジからすれば、自分がひどく役立たずな気がしてくる。 キバと数秒見つめ合ったチョウジがぐっと唇を噛みしめて立ち上がった。 「頼むよ、キバ。ナルトのこと……」 「言われなくても、分かってるって」 二人の交わされる会話を遠くなる意識の中で聞いている。ナルトは呼吸するだけで渦巻く激痛に硬直してしまう。その身体をキバに抱きかかえられた。動くたびに胃の辺りの痛みが下腹部へと移動していくようだ。腹の中に何かいるみたいに痛みだけを顕然と感じる。 「……悪りぃ、キバ」 「心配させんなよ」 珍しく気弱に聞こえる声にナルトがふっと笑う。心配かけたい訳ではないのに、間接的にいつも彼にはそうさせているような気がした。 「サンキュ……―――― ごめんな」 キバの車の助手席に乗せられた。シートを倒して一応シートベルトをしてくれる。ナビで近くの総合病院を検索した彼は、ゆっくりと車を滑らせた。 「なあ、ナルト。お前にシカマルを紹介したこと……やっぱ、俺は後悔するべきか?」 覇気のない声にナルトがふっと笑う。 誰も、悪くない。悪いのは、自分とシカマルの関係である。付き合いを決めたのも続けているのも、お互いの意思。 「後悔……はしてねえ。ホントにアイツの事、好き……だから」 掠れる声にキバは無意識に唇を噛んだ。ナルトはシカマルと別離を選んでいる。だけれど、彼の心は未だシカマルのものだ。ナルトがシカマルに向ける気持ちは“現在進行形”。決別する事を望んでいるはずのナルトの行動だけれど、それが本心なのかも怪しいと下衆の勘繰りを入れてしまう。 総合病院の救急にナルトを運ぶと、その症状をみた看護師が先に診察室へと通してくれた。キバはほっとする。腕時計を確認すると、もう式場に向かわなければいけない時間だった。 連絡先の自分の名刺を渡すと、担当した医師に深く頭を下げて病院を後にした。 青白い顔、なのに火が付くように熱かった身体。ストレスからくる心身の衰弱なのは手に取るように分かる。シカマルがナルトを束縛しているのは知っていた。それをナルトも望んでいたし、二人の関係は上手く行っていたはずだ。愛の形もその伝え方も感じ方も十人十色。当人が納得している関係に外野が口を出すべきではない。 だけれど、シカマルから結婚の話を聞いた時には、さすがに憤慨した。それでも、ナルトと別れるつもりもなく彼を愛していると穏やかな表情で言われ、キバは言葉を失ったのだ。 愛の形は様々かもしれないけれど……―――――― 今回のシカマルのとった選択は、完全なるナルトへの裏切りだと思えてしまう。それでも、責める事も詰ることもできなかったのは自分自身の弱さだ。どんなシカマルも、ナルトは受け入れる………そう思っていたのだから。 歪んだ愛情を求めているのは、ナルトなのだろうか?核心を聞く話は出来なかった。ナルトが抱えただろう葛藤も。少しでも頼ってくれれば、愚痴のひとつふたつ聞いてやる事ができるのに、それすらもキバの迷惑になると思い、彼なりに遠慮したのだろう。 「……ばかやろっ、ダチじゃんかよっ!」 キバはアクセルを強めに踏み込む。シカマルとナルトの友人として、気持ちの奥ではシカマルを殴り飛ばしたいくらいに悔しい気持ちがある。 「頼れっての。バカナルト!」 披露宴が終わったら、速攻に病院に向かう事を決めたキバは重たい気持ちを引きずりながらステアリングを握りしめた。
新郎のお色直しの最中に呼び出される。 キバはむっとした顔で、シカマルと対面した。チョウジから事の成り行きと聞いているのか、その表情は無に近い。 「……それで、ナルト引っ越ししてたって? どこに引っ越すのか聞いてるか?」 「ンな事話す余裕ねえよ。あいつ、相当体調悪そうで……話すのもしんどそうだったから」 「そうか…」 伏せた黒い瞳。シカマルが何を考えているのか諮り損ねる。壁に掛かった時計。式は終わり披露宴の真っただ中だ。あと一時間は拘束される事は避けられない。 「どこの病院だって? 連絡先知ってるだろ、様子聞いてくれよ」 「おい、それが人にモノ頼む態度かよ?今回の事は完全にお前が悪りぃだろ?ナルトに対しても、嫁さんに対しても……お前は不誠実だ」 「ハッ…めんどくせえな。そうゆうの……俺に言う権限あんのはナルトだけだ。俺達の関係なんだから、さすがの“親友”でも口をだすなよ」 思わず手が出そうになるのをチョウジに止められた。複雑そうな顔を見て、キバも息をついた。こんな所で争う時間はない。 「分かった。とりあえず、お前は披露宴に戻るだろ…? 俺も時間見つけて、病院には様子聞いてみる」 「すまねえな、頼むわ」 シカマルは火を点けたばかりの煙草を乱暴に灰皿に押し付けた。そこで初めて、不遜な態度を取っているシカマルの中にも焦燥感があるのが伺える。 「ナルトは……なんだかんだ言っても、お前の事、好きなんだぜ?」 シカマルはにやりと不敵な笑みを浮かべた。勝ち誇ったような笑みは、いつもの彼のものだ。 「知ってんよ、もちろん……あいつを離すつもりは毛頭ないんでね」 扉へ向かうシカマルは振り向かない。キバとチョウジは無言でそれを見つめた。 「本当はさ、シカマル……すぐにでもナルトのとこ行きたいんだと思うんだ」 シカマルを援護するチョウジの科白にキバはこれみよがしの溜息を付く。 「……あのさ、都合良いんだよっ! あいつは、会社のお偉ら方の娘と結婚すんだろ?それって、誰が見てもその立場を利用してるだけじゃねえか?地位を確立して、ナルトは自分のモンだって言ってんの、おかしいだろ?ナルトがヒス起こすのは当たり前じゃん」 「ヒステリーなのかな、本当に。ナルトは……」 「知らねえよ。口を出すなって言われたしな。確かに付き合ってる当人同士の事かもしんねえけど、ナルトからしたらもう別れたつもりでいるんじゃねえのかよ。俺はナルトのダチやめるつもりはねえ。マジで今回の事は腹立ってんだ」 それでも、シカマルから披露宴の招待状が届いてもナルトに対して何のアクションも起こしていない。ただ呆気にとられたと言うだけで、時間が過ぎてしまったのだ。実際のところ、ナルトに会うのも話をするのも怖かった。だけれど、シカマルと決別しようとしている姿を見て、もっと早く連絡を取るべきだったと後悔している。だから、もう過ちを繰り返したくない。 「俺は、ナルトをほったらかしにしたこと後悔してんだ」 「ボクは、それでもシカマルを信じてるよ」 「ナルトはシカマルを信じてねえだろ?」 「そんな事、ナルトにしか分からないじゃないか」 「無駄な話だな。俺らはあいつらの気持ちなんて、分からねよ」 チョウジの表情もどこか悔しそうで、それでいて寂しそうだ。
それから一時間後。キバはナルトを一人病院に残した事を後悔することになる。 彼の消息がそこで途絶えたのだ。ナルトが救急で入ったはずの病院は知らぬ存ぜぬの態度を貫き、救急患者が来た事すら否定されてしまった。 「なんだってんだ……?」 引っ越し業者からナルトの転居先を聞き出す事も無理で、携帯電話も契約を解約していた。 プツリと切れてしまった糸。 キバはそこでようやく、ナルトが何度も自分にごめんと謝った意味を知った気がした。 彼なりの覚悟も。
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今回は現代軸のお話。つか説明分?
次回は過去軸の話とナルトの引っ越し先での話です。
どうなるんだ…
行ったり来たりして話が進むので、自分が混乱。
思ったよりシカマルを酷い人にかけない自分の弱さみたいな。