賃貸

 

 

 

Station 4

 

 

「よくさぁ、…あるじゃん」

「なにが?」

「アレだよアレ!」

「アレじゃ分かんないけど?」

「夏休み終わったら、一気に派手になる女子みたいな“現象”っちゅうの?」

「なにそれ」

 キバの神妙な物言いにチョウジがぷぷっと笑う。

「だから、ひと夏のナントカを超えて大人になちゃった女子の雰囲気がガラっと変わるみてーなの」

「……それで、キバは何が言いたいのさ?」

 石垣に座って足をぶらつかせていたキバが、同じく石垣に凭れているチョウジを見下ろした。夏休みが終わり、久々の学校。登校しても何も変わらない毎日……のはずだったのに、キバには目の前の光景が違うものに見えたのだ。

「言いにくい…」

「面白いな、キバって。最初に会った時の印象と変わらないよ」

「最初の印象なぁ……じゃ、お前の目から見て、あの二人はどう見えるよ?」

「え?! もしかして、シカマルとナルトの事?」

「俺とお前の見てる二人が同じ二人なら、そーゆー事」

 チョウジはキバの言葉につられるように、少し離れた所で雑談しているシカマルとナルトに目を向ける。高校進学こそしたが、ナルトは定時制の高校に通っていた。シカマル、チョウジ、キバは全日制の高校だ。ナルトが夜間時間帯で高校に通うと聞いた時はショックだった。ふざけ合って、いつまでも一緒につるんで遊べると思っていた矢先の出来事だったのである。当たり前のようにナルトも自分たちと同じ高校に通うものばかりだと思っていたのだ。

「そうだねぇ…ナルトが課題分かんないトコをシカマルが教えてるように見えるけど?」

「マンマじゃん」

「まんまだよ」

 夏休みの間は、ナルトと時間が合う時は四人で遊んだりもした。昼間は働いているナルトも、日曜日まで仕事という事はなかったし、たまには平日の休みもあるらしい。時間が許す限りは中学の頃のように一緒につるんでいたのだ。何をするとかの目的もなく、一日を怠惰に過ごす事もあれば、夏休みの課題なんかを真面目に取り組んだ日もあった。

「なんて言うのかな。入っちゃいけねえみたいな“壁”っつうの?」

「そんなもの、シカマルとナルトの間にないと思うけど?」

「あーのーなー…、ちゃんと俺の話聞いてんのかよ?!シカマルとナルトの間にはなくっても、あの二人と俺らの間にはあるとか思わねえの?」

「思わないけど、それってさ…キバ、やきもちなんじゃないの?シカマルとナルトが仲良くしてるから」

「……おいおい、それはねえだろ?」

 シカマルとナルトが特別な関係に見える。ただの幼馴染でないようなつながりがあるような気がする。どこかで一線を引くのが癖みたいになっているナルトが、シカマルに対してだけは違うような気がするのだ。チョウジの言うように、これはやきもちの部類に入るのだろうか。考えてみても、それは……やっぱり違う。ナルトが変わったのだ。少なくとも数年、彼と一緒に時間を過ごしてきた。くだらない事も楽しい事も、たまには親や教師に叱られる時も。色んな時間を共有してきた仲間。だけれど、仲間だと一括りにできない関係が、シカマルとナルトの間にあるように感じる。それにやっかみを感じている訳ではなく、誰かに肯定してほしいだけなのかもしれない。

「ボクが思うのはさ」

「なんだよ?」

「シカマルとナルトが特別だとしてだよ?……キバの言うような、ひと夏のナントカが二人の間にあるようには見えないかな」

「たまに鋭いよな、お前って。こえーよ」

 キバがぷっと吹き出した。例え話に出した文句を二人に当てはめてしまうなんて、おかしくてしょうがない。

「別に二人が特別でも、ボクはあんまり関係ないけどさ。シカマルはシカマルだし。ナルトはナルト。友達には変わりないし」

「ちょ…待てよ!その言い方だと俺が偏見もってるみてーじゃねえか!…ンなんじゃねえって……なんてーかさ。上手く言えねえけど」

 キバが難しい顔をして眉を顰めた。

「だから、キバはちょっと寂しいんじゃない?」

「その乙女思考どうにかなんかいのか?」

 見上げたチョウジはキバが意外と真剣な顔つきで居る事に初めて気が付く。

「ボクは寂しいけどね。もし、四人の関係が変わっちゃったら。でも、それは絶対にないから大丈夫なんだけど」

「矛盾してるって言うんだぜ、ソレ」

 お互いに顔を見合わせて同時に吹き出した。そして、二人して石垣と仲良くしているのも難だと、シカマルとナルトの間を邪魔してやる事に決める。

 それと時を同じくして、ナルトのクラスメイトがやってきた。先にシカマルとナルトの邪魔をしたのは、そのクラスメイト。

「あ。アイツ…ナルトの新しいダチじゃねえの?」

 不意にシカマルの表情が曇るのが分かってしまう。本当はそんな仕草も隠せてしまう性格のくせに、たまに狡いのだ。多分、それを感じられるのはキバやチョウジだけでなくナルトも同じ。だから、わざとシカマルが嫌な顔をしているのだと分かる。

「アカラサマっちゅうやつだな」

 ニヤリと笑うキバ。

「シカマルって策士だから」

「つーか、やっぱ…シカマルがナルトに惚れてんじゃねえのかよ」

「それはどっちでもいいけどさ」

 軽く手を振ってナルトに背を向けたシカマルが、チョウジたちに歩みよってくる。もう、むすりとした表情は見せていない。ひょうひょうとした、いつもの彼。

「なんだよ、待っててくれたのか?」

「おいおい、その面倒くせーって感じ…ちょっとは隠せって」

「一緒に帰ろうよ」

 チョウジがにかっと笑うと、キバもへへへっと笑う。それを見てシカマルが首を傾げた。

「なんだよ、おめーら……気色悪りぃ顔しやがって…」

「シカマルはあのナルトの友達の事、気に入らないの?」

 ストレートなチョウジの質問にシカマルが目を丸くする。正直に驚いたような顔つきだ。

「……ンでだよ」

「なんとなくだよ」

「あー…なんとなく、俺もそう思ったかも」

 チョウジに便乗したキバがにやりと笑う。シカマルは眉を顰めながら、ふっと息を吐いた。

「そんなんじゃねえし」

「ふーん。ボクは結構、ジェラシーかもね。ナルトとはずっと友達だったのにさ。ナルトが新しい友達をみつけるのはいいけど、紹介してくれてもいいのにな〜とか…」

「知らねえアイツを知ってるのってのは、幼馴染的には気に食わねえってのはあるかもな」

 チョウジに同調したキバが、うんうんと頷いた。勉強が大変だとか、仕事はなかなか順調だとか。そんな話はナルトの口から聞くけれど、確かにクラスメイトたちの話は聞いた事がない。

「…ま、仲良くしてるっつうか。あっちから声かけてきたみてーな?……ナルトがうまくやれてんのはいいんじゃねえのか?」

 言葉と裏腹に、やっぱり不機嫌そうになる視線。分かりやすすぎるシカマルに、チョウジもキバも笑いを堪えきれない。

「シカマルのナルトに対する心配性は、幼少期の刷り込みみたいなもんなんでしょ?」

 チョウジの科白にシカマルはむすりと顔を歪める。いつだったか、チョウジにナルトについて聞かれた時にそう答えたのは確かだった。初めてナルトを目にしたのは、彼自身も自分の存在を知らない頃だ。草むらの中でぽつんと一人で座り、まっすぐに空を見上げていた。

 同じ年くらいに見えるナルトに視線を奪われた。噎せ返るような緑の中に、空と一緒の瞳の色をした彼がいたのだ。最初は、ナルトが同性なのか異性なのかも関係なかった。ナルト自身の存在に興味を持ってしまったのだから。ナルトが疎まれている雰囲気も、ナルトが全てを拒絶して生きている事も、幼いシカマルにも感じ取れてしまうくらいの違和感を覚えた。俯いているナルトの顔が上を向くのは、決まって一人で空を眺めている時だけ。綺麗な金色の髪の間から見える、大きな大きな青い瞳。頼りなく見えるその横顔に惹かれてしまったのも本当の事。

 ナルトはその手を差し出していないのに、自分から手を差し出したくなってしまった。迷惑かもしれない自分勝手な感情を彼にぶつけてみたくてしょうがなくなってしまった。できれば、シカマルの好きなナルトの瞳が自分を映せばいいのに………と思っていた。

「……帰ろうぜ」

 ばつが悪くなったシカマルが顎をしゃくる。少し困ったような表情を見ると、してやったりな気分になってしまう。キバもチョウジも、シカマルとナルトの間に何か特別な関係が存在していても構わないのだ。自分たちとつるむようになってナルトは変わった。そうさせたのは、自分たちだと誇示できることが、密かな楽しみだったりもする。そして、同じく大人びたシカマルが少しでも隙を見せる瞬間が楽しくもある。別段と四人の関係は変わっていないし、これからも変わる事はないだろう。

 駅の改札を抜けた三人はつまらない雑談を続けながら、電車を待つためにホームへと向かったのだった。

 

 

 

 

「あ…」

 ナルトは鍵穴に鍵を差し込んで、思わず声を上げる。

 学校が終わってまっすぐに帰ってこれば、電車に乗り遅れない限り22時過ぎには帰宅することができる。高校進学と同時に就職して、小さなアパートを借りての一人住まい。小さな頃から寝食していた施設は、閉鎖こそされていないが今は利用する児童もいないので職員も在中していない状態らしい。

 開いていた鍵。多分、それはわざとだ。自分には施錠はしっかりとしろと口うるさく言う癖に。ナルトはくすりと笑って、心が温かくなるのを感じた。

 古びたドアを開ける。シカマルが手入れをしてくれたせいで、最初はギィギィ言っていた扉もスムーズに開いた。

「シカマル?」

 並べられた靴を見て、ナルトは笑顔になった。慌てるように自分も靴を脱いで、部屋の中へ飛び込もうとして回れ右。脱いだ靴を揃えるようにと言う声が聞こえたような気がした。

 からりと襖を開けると、壁に凭れて座っているシカマルが居る。胡坐をかきながら、両手は前で組まれていた。そして、俯くようにしているような彼の姿を見た瞬間、ナルトは口を押える。

「寝てる…?」

 呟くようにして言葉にしてから、そっとシカマルの前に座った。閉じられた切れ長の瞳。瞼が上がれば黒い瞳が自分だけを見てくれる。転寝をするなんて彼にしては珍しい事だ。

 すうすうと聞こえてくる寝息。

 誰かが待っている家に帰るなんて感覚は、一人暮らしをするまで知らなかった。週末になると遊びにくるシカマルの事を待っている自分が居て、それが不思議でそれでいてくすぐったい。

 一年前の夏。告白をして、晴れて恋人となった。もう、一年……まだ一年。知らない彼を知って、知らない自分を知って。春からは自分の生活が変化したこともあって、中学の頃のようにキバやチョウジと四人でつるむことも少なくなった。その分、シカマルと過ごす時間が密になったとも思える。すれ違いの生活なのだけれど、心がつながっているような。こうやって、同じ空間に居るだけで心が癒されるのだ。そして、シカマルの事が好きだと実感してしまう。

 ナルトは誰もいない空間をきょろきょろ見渡して、俯いているシカマルの顔に自分の唇を寄せる。シカマルの唇に触れるだけの、自分の唇。それだけでもドキドキした。

 数秒シカマルに触れて、離れてから顔がかあっと熱くなるのを感じる。まるで悪戯をしているような微妙な気分。顔は熱いけれど、自然と口角があがってにんまりとしてしまった。

 シカマルとキスするだけで、こんなに幸せな気持ちになれる。彼の事が好きだと、もっともっと実感する。そして、もっと彼に触れたくなってしまう。指先が触れ合うだけでもいい。寄り添っているだけでもいい。そんな事を思っていると、ふっとシカマルの瞼が上がった。

「……シカマル?」

「な〜に、にやにやしてんだよ」

「してねえってばよ!」

「寝ちまったんだな」

「みたいだってばよ。シカマル、疲れてる?」

「そんな事ねえと思ってたんだけど、そうかもしれねーな」

「なに、その曖昧な感じ」

 ナルトがふっと笑う。その頬に手のひらを滑らせたシカマルはじっとナルトを見つめた。

「お前が帰ってきた気配を感じて、意識はあるんだけどよ。なんでか目が覚めねえんだわな。感覚的には起きてるのに身体が休息してるって感じ?」

「……意識あんの?」

 ナルトは先程盗み取ったシカマルの唇の温もりを思い出す。

「しっかりとあったぜ?」

 ナルトの顔が本人の意思に反して真っ赤になった。ぱちぱちと瞬きをする回数も多くなる。焦っている様子を見せるナルトがカワイイと思わず口から零れそうになってしまった。

「お姫様は王子様のキスで目ぇ開けんだろ?その反対だなって思ってた」

「……っ!」

 ぴくっと反応するナルトはきっとシカマルを睨みつける。

「それって、オレがお姫様で反対って事がいいてえの?」

 ふっと笑ったシカマルにナルトの表情も険しくなった。

「…ンな事言ってねえよ」

「言ってるってばよ!オレは男なんだし、お姫様じゃねえって!」

 ムキになるナルトが、やっぱり可愛い。

「…それって、お前が俺にキスして起こしてくれたって事を言いてえのか?」

「そ、それは……」

 もごもごと言葉尻が濁る。見る見る内にナルトの顔が、もっと赤くなっていく。ナルトからキスをしてくる事は皆無に近い。二人でぼうっとしている事は多いけれど、恋人同士のスキンシップは少ないのかもしれない。シカマルは時々、自分の中の理性に自画自賛したくなる。男だから、好きな人の全てが欲しいし自分のものにしたい。それは、相手が男でも変わらない感情なのだと思い知った。

 支配欲のひとつなのかもしれないが、ナルトの全てを自分のものにしたいのだ。好きだと言われるのも心地よいしキスをするのも好き。だけれど、その先へ進みたいという気持ちがないなんて嘘はつけないのも本当のところだったりする。

 だから、たまにくだらないちっぽけな嫉妬心がむくむくと湧いてきてナルトを困らせてみたくなる。右も左も、上も下も。全ての逃げ道を塞いでしまいたくなる瞬間がある。

「お前が男だなんて、百も承知だっちゅうの……それでも、俺はお前が好きだし」

「お、お…オレもだってばよ!」

「ホントか?」

「……当たり前だろ?」

 少しだけ泣きそうになって、歪んだ瞳と眉。心細いようなその顔つきに、シカマルはナルトを抱き寄せた。すっぽりと腕の中に納まる身体。今でも十分に細い。背中に腕を回してぎゅっと抱きしめる。

 腕の中の温もりが、心を温かくしていた。

「そんなひでー事…言うなってばよ。シカマルの事、好きなんだから……本当かどうか聞くなんて……」

「ばか…泣くなって」

「泣いてねえもん」

「嘘つけ」

「……シカマル」

「好きだぜ」

「うん」

「お前を、……抱きたい」

 シカマルの腕の中でぴくりと緊張する身体。些細なナルトの緊張も肌を寄せ合っている今なら確かに感じる事が出来た。

 それでも、腕の中のナルトを離せなくて。

 ナルトを抱いたままでいる。

彼の返事が、ノーであれイエスであれ……

「ナルト……」

 全てを受け入れるつもりなのに、なかなか答えをくれない恋人は腕の中でじっとしていた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

進学しました!

季節は秋の手前?季節感が全然ないので(^^

次回は少しはソレがでたらいいかな?

つか、シカナルLOVEばんざいっす!!