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Station 3

 

 

「あち〜…」

 開襟シャツをぱたぱたやりながら、キバが呟いた。

「言っても変わらないって分かっててもさ……言っちゃうよね〜暑いって」

 ナルトとチョウジは並んで川に足をつっこみながら、ソーダ味のアイスにかぶりついている。この村は田舎だからこそ自然が豊富だ。学校にはちゃんとプールがあるのに、川に泳ぎにくるのが村の子供の小さな頃からの夏の楽しみの一つ。

 夏休みに入っても、学校で顔をつき合わせている面々と飽きもせずにつるんでいる。だが、今日は学校の登校日と言うやつで、久しぶりに制服を着ていた。

「キバもアイス買ってこればよかったじゃん!涼しくなるってばよ」

「うっせーよ!食ってる時は良いけど、後から喉渇くだろ?バカナルト!」

「キバにバカ呼ばわりされたくねーってばよ!成績は下から数えた方が早えーの一緒だって」

 ひとときの涼。それに、このアイスがナルトのお気に入りだ。チョウジはバニラ味と悩んでいたが(本当は両方購入したかったらしい)

 食してしまったアイスの棒を口に銜えて、ぷらぷらさせる。いつもの面々と言っても、今はシカマルの姿がない。教師に呼び出された彼は職員室へ寄っているのだ。それでも気が知れた仲間である。学校を後にした自分たちがどこに居るかは容易に想像できるだろう。

「シカマル、遅せーな」

 ぽつりとナルトが呟いた。それを聞いたチョウジがくすりと笑う。

「ん?そっか、ナルトはシカマルが居ないからつまらないんだ!」

「はあっ?!」

 声に出した瞬間に口から、アイスの棒が落ちた。

「あ、落ちた…」

 川に落ちた棒はあっという間に流れに乗ってしまう。

「わっ…やべえってばよ!」

 ゴミの不当投棄は厳禁。そんなコトを頭に思い浮かべて、慌てて手を伸ばした所で思いっきり足を滑らせて川の中に転んでしまった。

「…いって〜っ。も、最悪だってばよ!」

 浅い川の中に下半身が浸かった。もちろん頭から突っ込んだのでシャツもびしょ濡れだ。それを見てキバが爆笑する。つられるようにチョウジも笑った。

「だっせー!ナルト、ベタすぎんだろ?信じらんね〜!!」

「ナルトらしい〜!」

 ナルトはぷうっと膨れた。つまらない事で一緒に笑えるような友人が出来てから、ナルトの生活は180度変わった。毎日、引きずられるようにして遊びに行った。楽しくて楽しくて、それまで一人だった自分の毎日を埋め尽くしてくれる程に、たくさんの思い出も増えた。

「ナルト〜膨れてねえで上がってこいよ」

「それがさ…実は…足を挫いたみてーでさ……」

「おいおいマジかよ?ドジの上塗りっちゅーやつだな」

 口ではこんな事をいいながらも、実を言うとキバも性根が優しい。しょうがねえな〜とか言いながらナルトに手を差し出した。ナルトは、へへへっと笑いながらキバの手を取る。

「あ…そーゆうこと?」

 チョウジはのんびりしている割に観察眼が鋭い。それはシカマルと同じように。ナルトの今後の行動を予測したチョウジがあははっと笑う。

「なんだ?チョウジ……」

 キバが少し余所見をした瞬間に、ナルトは掴んだ手を思いっきり引っ張った。

「うわっ!」

 キバはナルトに引っ張られた勢いで、川の中に突っ込んでしまう。

「おいッ!」

 頭からびしょ濡れなのはナルトと同じ。眉をひそめながら、ぎろりとキバはナルトを睨み付けた。

「キバだって、ベタすぎるよ」

「…チョウジ、お前なぁ〜。お前も入れって!俺だけなんて納得いかねーぞ」

「それは嫌だね。パンツまで濡れるもん」

「あったりめーだろーが!!」

「人をバカ呼ばわりするからだってばよ。それに、少しは涼しくなったんじゃね?」

 何が面白いのか理由はないけれど、ふくれっ面に笑顔が戻る。ゲラゲラと笑い始めたキバはナルトの肩を掴んで思いっきり川に沈めにかかった。

「おわっ…!ちょ、やめ……っ!!キバ!」

「俺様より濡れてねーなんて許さねえぞ、ナルト」

「なんだよっ!その屁理屈はっ!!」

 理由はなくとも、楽しい事は楽しい。意味がなくても一緒に“楽しい事”を共有できる。そんな仲間ができた事自体がナルトには嬉しい。キバと川の中への沈めあいっこをしながら、ぎゃーぎゃーと訳もなく騒ぐ。それを笑いながら、蚊帳の外で見ているチョウジも笑顔を浮かべていた。そして、二人で騒いでいるところに、不機嫌そうな表情をしたシカマルが現れる。びしょ濡れになっているナルトとキバを交互にに眺めて彼特有の笑みを浮かべた。

「シカマル、遅かったね」

「まぁな」

 チョウジの隣にどかりと腰を下ろしたシカマルは、むすりとしながらナルトを見つめていた。その視線に気が付いたナルトは少しだけ不思議な気持ちになりながらキバに手を差し出す。なんだか、ふざけている自分たちがこの空間から切り離されたようで、居心地が悪い。

「キバ…出るってばよ」

「……は?あ、ああ」

 ナルトの僅かに緊張した雰囲気を本能で読み取ったキバは、合流してから一言も話さないシカマルを横目で伺いつつ腰を上げる。

「すげー涼しくなったわ。シカマルも入ってみねえ?」

 にやりと笑ってシカマルに視線を移すが、ニコリともしない彼は肩をすくめただけ。

「おうおう、機嫌悪りぃね〜。煩い事言われたってクチ?」

 キバはシャツを脱ぐと、濡れたそれをぎゅうぎゅうと絞る。

「ま…ンなとこ?」

「ふーん…」

 シカマルにしては、かなり珍しい態度だ。癇癪を起すのは自分かナルトの専売特許だと思っていたのに、まわりの雰囲気を考えずに不機嫌を貫く彼は、ある意味彼らしくない。年の割には落ち着いた……と言えば聞こえのいいことだが、あまり感情の起伏が分かりやすいようなタイプではない。それが、放つオーラは虫の居所が悪いような不遜な態度そのものである。態とそうしているのか、無意識なのか。キバからは前者であるような気がしてならない。そして、シカマルは意味のない事をしない男だ。面倒だという理由からか、いつも簡潔な答えを望む傾向にある。無駄がなさすぎる。だからこそ、分かりやすくて…時に難解な友人。

「ナルト、お前もシャツ脱げば?」

「あ、オレは……いいってばよ。着てたら乾くじゃん?こんだけ暑いんだしさ」

 ナルトがへらっと笑う。キバがそれを見てむっとした。チョウジは上目づかいに二人のやり取りを傍観しつつ心の中で溜息をついた。

 ナルトは正直者だ。嘘がつくのが下手なバカ正直。だから、作り笑いと言うのも下手である。その癖にバレる嘘をつこうとすることも、ここ数年の付き合いでなんとなく分かってきた。

 付き合い始めのような遠慮しがちな部分は減っていたけれど、どこかで一線を引こうとするような態度にイラつくこともしばしばある。その、ワンクッションの役割をするのがシカマルだったのに、今回は彼も寡黙を貫いていた。

「…ンだよ。ちょい、うぜーな……」

「へ?」

 驚いたように見開かれる大きな青い瞳。

「別にお前がうぜーとかじゃねえし」

 フォローになるのかならないのか、ぶっきら棒に言い放つキバにナルトはホッとした表情になる。

「これから、どうするよ?」

 まだ濡れたままのシャツを羽織ったキバは、シカマルに向けて言葉を向けた。

「そうだな……帰るかな」

「……だとよ。ナルト行こうぜ」

 少し離れた所で成行きを見ていたナルトを水を向けられて、びくっとする。その反応に驚いたのはキバ自身だ。

「どーした?」

「どうもしねえってばよ?」

「そうかよ……」

 キバは、心の中で「どいつもこいつも…」と悪態をつきながら、放り出していたディバックを取る。

「行かねえの?」

「あ、でも…シカマルもチョウジも」

「別に二人に遠慮することねえじゃん」

「え、遠慮とかじゃなくって…!」

 いつも“みんな”で居たい。ナルトは素直にそう思いたい。なんとなくシカマルの機嫌が悪くて、それに対してキバも機嫌が悪いように見える。どちらの味方とかではなく、ここでは四人一緒に帰宅するのがベストではないのかとナルトは思う。こんな風にシカマルやキバと別れるのも気まずいような気がしていた。

「チョウジはどうすんだ?」

「ボク?みんなが帰るんなら、一人でここにいてもつまんないし、帰るよ」

 にっこりと正論を述べる彼が一番冷静なような気もする。キバは苛ついた気分が治まるのを感じた。チョウジの持つ独特の雰囲気は、色んなモノを上手に中和してくれる存在だ。

「帰ろーぜ?」

「そーだな…」

 低い声色は変わらないままシカマルが立ち上がる。ナルトは心底ほっとしてしまった。なんとなく険悪な空気なような気がして気が気でなかったのた。

 草むらを抜けて、自転車を放り出している場所に到着する。その時、初めてシカマルがナルトに視線を自分の意思で向けた……ようにナルトには感じた。

「ど、したんだってばよ?…シカマル?」

「いや、お前に話してーことあるし」

「えっ!オレに??」

 キバとチョウジは無意識に顔を見合わせると、自転車に跨った。

「んじゃ、お二人さん。またな!」

 キバがにかっと笑う。チョウジもひらひらと手を振って自転車をこぎ始めてしまった。置いてけぼりのナルトはシカマルとの間に何か見えない壁があるような気がして、緊張してしまう。

「……俺と一緒に帰りたくねえ?」

「そんな事ないっ!」

 即答して顔が熱くなる。いつも、四人で岐路についても、キバとチョウジとは先に分かれてしまうので最後まで一緒にいるのはシカマルだ。気まずい感じはするけれど、彼の不機嫌の原因は全くわからないのだから、とりあえず彼の話とやらを聞く事が先決だろう。

「シカマル。オレに、話…あんの?」

「……話つか、聞きてえ事みてーな」

「それって、今日の呼出しと関係してんの?」

「半分くれーはな」

 ナルトは眉をひそめた。素っ気ない態度の中にもシカマルの優しさはいつも感じられるし、最後の最後にキバやチョウジが頼るのは彼だ。それに倣ってナルトもシカマルに最終的には色々相談したりする事が多かった。大体がくだらない事ばかりなのだけれど、シカマルにはっきりと意見を述べられると心のどこかで安心してしまうのも確かなのだ。率先してリーダーシップをとるタイプではないのだが、知らずとその立ち位置にいるのがシカマルになっている。決して自分の意見を押し付ける事はしない。だからと言って適当でもない。彼自身の意見を聞くことで、自分の中での迷いが払拭される事がほとんどなのである。ナルトにとって、シカマルはチョウジやキバとは違う距離でいる友人だ。

「まず、お前…ちょいシャツ脱いでみ?」

 ナルトは濡れて肌に張り付いているシャツを見つめる。

「な…んで?」

「気持ち悪くねえの?」

「だから、こんなん乾くってばよ…すぐに」

「脱げない訳、あんだろ?」

 ナルトはどきりとする。責められている気分になって居心地も最悪だ。シャツのボタンに指をかけて、一つずつゆっくりと外す。それにもどかしさを感じたのか、シカマルはナルトの手を取るとさっさと自分でナルトの前を肌蹴た。

「し…シカマ…」

 乱暴ではないが性急に感じるその所作にナルトはびくびくする。肩から落とされたシャツで肩が露わになる。そして、シカマルの重い溜息。

「この痣……どうした?」

 肩から肩甲骨にかけてある、打撲痕。

「これは……」

「いい訳なんていらねえ。今日、職員室呼ばれただろ?そん時に、お前がいじめにあってんじゃねえかって、言いに来た女子がいたんだよ。俺も全然知らねえし……そいつも曖昧にしか言わなかったけど。そう見えるような見えねえようなわざとらしい感じだったってな」

「たまたま……掃除中に、モップが当たったんだってばよ。そんだけ!」

 ナルトは捲し立てると、さっさとシャツの前を閉じる。

「たまたま?」

「そうだってばよ。結果的にこうなっちまったけど、相手も本当にわざとじゃないって謝ってもらったし。だから、大騒ぎする事じゃねえから言わなかっただけだってば…ただ、そんだけ」

 その前に軽い言い争いをしたことは、あえて口にしない。相手の持っていたモップが棚の上の物にあたってそれが落下した。それが肩にあたったのは、一応相手方の意思でない事はナルトは分かっている。中学にあがってつるむようになった、シカマルもキバもチョウジもこの小さな村での旧家であり、一目置かれている。その友人という立場である自分に迂闊に手を出すようなバカはいないことに、この数年で気が付いたのだ。

「……シカマルの話って、それ?」

「これだけじゃねえけど……本当なんだな?故意じゃねえっての」

「本当だってばよ………」

 ナルトは無性に苦しい気持ちを味わう。何もかもに関わらずに生きることが、自分が傷つかないでいる方法だと思っていた。だけれど、その世界の中に入ってきた者がかけがえのない友になり、楽しい毎日を過ごせるようになった。与えられた時間を、幸せだと感じるまでに時間はかからない。自分の事は自分で守ってきた気でいた。どうすれば自分に対してベストなのか、本能で感じていたのだから。

 シカマルたちとつるむようになって生活が一変して、見える世界も違ってきた。人との関わりを持つ事に変化を感じて生きているという事を実感できたのだ。

「オレってば……やっぱシカマルから見たら頼りなねーみたいに見える?」

「なんだって?」

 自転車に手をかけていたシカマルが顔を上げる。

「オレ……シカマルやキバ、チョウジと仲良くなってすげー楽しくて。いっぱい知らない事教えてもらったり、クラスメイトと楽しくしたり……今まで興味なかったけど、周りの人とかとも話せるようになったと思うし。でも、……シカマルから見たら、違うのかなってさ」

 上手く気持ちを言葉に出来ない。どうやって心の内を彼に伝えられるのか分からない。適当な言葉が見つからない。

 ナルトが先に自転車を引いて歩き始める。それにならうように、シカマルも少し後ろからついてきた。その存在を背中に感じながら、ナルトは無意識に溜息をつく。対等だと思っている自分たちの関係。

「お前、…ンなこと言われたのかよ」

 シカマルの声が聞こえてナルトは振り返る。彼は見事にむっとしていた。

「…は?…なんの、話だってばよ?」

「だから、他の奴から“頼りない”とか言われたのかって聞いてんだけど」

 ナルトは一瞬口を噤む。自分の考えている事をシカマルが見えているのだろうか?

「そんな事ねーだろ?俺らとつるんでようが、つるんでなかろうが……お前はお前だし。別にクラスの奴とも上手くやってけた。関係ねえし。それって、ただ俺とお前が仲がいいの嫉妬してるだけだろ?」

 シカマルは捲し立てるように言葉を綴る。少しだけ珍しいシカマルの態度にナルトはぽかんと口を開けて彼の話を聞く事しかできない。

「シカマル、どうしたんだってばよ?」

「すげー機嫌悪りぃ」

「ウン、だよな」

 ナルトはふっと笑ってしまう。なんだか自分たちの関係について、シカマルからの意見を聞けたのは初めてだ。仲がいいのに嫉妬している、なんて……シカマルの口から出てくるとは思ってもみなかった。シカマルならば、面倒だとか鬱陶しいだとかでバッサリと切られてしまうような内容だとばかり思っていたのに。

「ナルト、なに笑ってんだよ」

「笑ってねえってばよ」

「笑ってんだろ?にやにやしてんじゃねえかよ」

「してねえって!」

 ナルトも少しだけ感じていた。中学に入ってから、毎年クラス替えがあるのにシカマル、キバ、チョウジとは3年目になる今年まで一度もクラスが違ったことがない。それが教師陣の決めた事だと、なんとなく分かった。自分が誰かと上手くやっていくためには、彼らの存在が必要だと大人が決めたのだ。

「でもさ!オレ、シカマルと仲良くなれてめちゃ嬉しいってばよ!」

「ナルト?」

「それだけが本当の事だからさ。嘘なんかついてねえって」

 にっこりと笑うとシカマルが驚いたような顔をした後、困ったように目をそらした。首をかしげてそんな彼を見つめて、初めてシカマルが照れている事に気が付く。

 衣服が濡れているので、自転車のサドルに跨るのが気持ち悪く感じる。だけれど、今の気分を例えるならば全速力でペダルをこぎたいような気持ち。真夏の気温ですぐに濡れた服も乾いてしまうだろう。それくらいにシカマルがこだわったことは、ちっぽけな事なのだ。それでも、気にかけてくれた事を素直に嬉しいと感じてしまう。

「シカマル!帰るってばよ〜」

「ちょい待てよ。話は終わってねえよ!」

 ペダルを踏みだしそうなナルトをシカマルが止めた。

「え?…そうなの?」

「ああ、終わってねえから勝手に帰るんじゃねえって」

 二人の間を心地よい午後の風が吹き抜けた。お互いに言葉がなくなってほんの僅かな時間。

「先に…着替えてもいい?」

「ああ」

 なんだろうか。胸騒ぎみたいなものを不意に感じてしまった。いつもはっきりとした物言いをするシカマルには珍しいくらいに、自分に対して遠慮しているような気がする。

 また苦しくなる胸の中。この胸の奥に心があるんだろうか?苦しくなっている理由もわからないけれど、変化しそうな今というバランスが危うくて、ナルトは気が気ではない。

 無言のまま自転車をこぎ始めたシカマルの背中を見つめて、軽く息を吐く。そして、追いかけるようにペダルを踏み込んだ。

 施設の門をくぐると、小さな頃から施設に勤めているおばさんの顔がみえるのだが今日は違う。数日前から腰を痛めて娘さんのところへ帰っているのだ。それを強く勧めたのはナルトである。食事やら炊事やら、何もできない訳ではない。レベルは低いものだが、なんとか生活できる。それに現代の文明の利器がたくさんあり食べる事に困る事もない。

「着替えてくるけど、シカマルどうする?」

「な、おばちゃんは?」

 聞かれると思っていたので、すらすらと訳を話す事が出来た。

「一人なのかよ?」

 そんなに驚く事でないような気がするのだが、シカマルは渋い顔つきになった。

「食いもんとかどうしてるんだ?」

「どうって……おばちゃんの娘さんが届けてくれたり、カップラーメンくったり、レンジでチンとか。オレ、おばちゃんの手伝いしてたから洗濯機くらい使えるってばよ」

 不自由しない事を伝えたかったのだが、シカマルは不満そうだ。

「昨日も会ったよな? ンなこと一言も言わなかったじゃねえか」

「別に隠そうとかじゃないってばよ」

 だから、今だってここに来る彼を止めようと思わなかたし、ナルトからしてみればどうしてシカマルが不機嫌なのか理解できない。

「そりゃ、わかるけどよ…」

「とにかく着替えてくるからさ。待っててくれってばよ」

「ああ…」

 バタバタと廊下を走るナルトを見て、くすっと笑う。親の世話になる事が当たり前の自分には、ナルトの生活が理解できない。寝起きする場所があって、食事に困らなければそれでいいと思っている。シカマルは時々それが疑問なのだ。それ以上を求めないナルトについて。どこかで、諦める事になれている彼の本質は出会った頃からちっとも変ってなんかいない。

 元から明るい彼の性格で、クラスや学校とも馴染む事ができているのだ。誰のおかげでもない、彼自身の持って生まれた徳から生まれる当たり前の現状。なのに、本人がそうだと気が付いていない。だけれど、気が付かせたくない自分が居る事も本当だ。狡い感情をナルトに知られたくないけれど……

 ぼうっとしていると、背中を向けた時と同じにバタバタと慌てたようにナルトが戻ってきた。

「シカマル、お待たせ!」

 淡いオレンジの格子模様のシャツにベージュのハーフパンツ。元気な彼らしい色合いのシャツが、青い瞳に似合っている。

「お前がいいなら、俺んち来いよ」

「シカマルんち?」

「ついでにメシも食ってけば、母ちゃんも喜ぶし」

 母親がナルトの事を気に入っているのは本当の事だ。母親の事を出されて、ナルトも少し迷っているような表情を見せた。

「いいのかな…?」

「遠慮なんかすんなよ。行こうぜ」

 腰を上げると、ナルトは文句も言わずに後ろからついてくる。少し強引に連れ出さなければ、まだまだ遠慮するナルト。年相応にワガママを言えばいいのにといつも思ってしまうのだ。

 シカマルの家は高台にある。最後にある登り坂は結局、自転車を押して歩く事になるのだ。一人だと面倒なこの坂道もナルトと二人だと楽しい。坂を上りきって視界に門が見えた所で、シカマルは自転車を止めた。

「ちょい寄り道」

 自宅を目の前にして寄り道も何もないのだが、その悪戯っ子のようなシカマルの笑みにナルトは便乗する。山道に近い歩道を抜けて、もっと高台に登ればこの村を一望できる。先祖の道楽なのだけれど、小さな展望台みたいなものが作られているのだ。その場所がナルトのお気に入りである事は知っている。

 太陽は傾き始めているけれど、下がりそうにない気温。それでも、少しだけ涼しく感じる風が吹き抜ける。天気は良好で、展望日和な午後だ。

「シカマル、話ってなんだってばよ」

 ナルトは見渡せる景色を見ながら、視線はシカマルに向けない。シカマルは自分の隣で頬杖を突いている横顔を見つめた。

「俺が、職員室に呼ばれた理由。進学する高校について」

「……そうゆう事かぁ」

 そこでナルトの青い瞳がシカマルの方を向く。

「なんか言われた?」

「この辺りの奴は、偏差値とかも関係なく隣町の高校へ進学すんのが当たり前みたいになってんだろ?俺もそうだと思ってんし、べつにすげえ進学校へ行くつもりもねえからな」

 シカマルは頭脳明晰だ。ナルトも赤点ギリギリの成績をシカマルに救ってもらっているようなもの。

「シカマルってば頭いいから、もっといい高校とか薦められたんじゃねえの?」

「だから、…ンなの興味ねえし」

「シカマルらしいってばよ」

「お前は、どうして進学……しねーんだよ」

 シカマルが一番聞きたかった事。ナルトとしては、いつか言おうとしていたからそれが少しだけ早くなっただけの認識しかない。

「まあ、義務教育って中学までだし。オレって頭悪りぃじゃん?高校とかガラじゃねえってばよ」

「それだけが理由か?」

「うん」

「行けよ、高校」

 ナルトは困ってしまう。シカマルが行くと言っている高校は、当たり前のようにキバもチョウジも進学する学校だ。今のままの生活が続くのも楽しいと思うし、その楽しい時間が永遠だったらいいと思えるようになったのもつい最近。

「オレ、早く自立したいんだって……働いて、施設出て。自分で生活してーから」

「一緒に行こうぜ」

「シカマル……」

 ナルトはやっぱり困ってしまう。多分、キバやチョウジがこの事を知ったら、きっと同じ事を言うだろう。そう言われるのが一番困る。

「別に今のままでも進学できねぇ訳じゃねえだろ?」

 もちろん施設にいても進学は可能だ。

「そう、だけど…」

「施設になんか理由ある訳じゃないよな?」

 シカマルの視線が厳しいような気がする。ナルトは否定する意味で首を横に振った。

「絶対にそれはない。シカマルだって、おばちゃんの事知ってんだろ?オレが記憶のある限り、あの人はずっと優しくしてくれる……」

 ただ、自分しか施設を利用する者が居ないのだから、自分が居なくなれば施設職員も暇を出されるだろうとは思っている。最近は孫も生まれて、第二の人生だと笑っていたおばさんの笑顔が忘れられない。

「お前、いくつだよ」

「シカマルと同じ年に決まってるってばよ」

 ナルトはくすくすと笑った。

「まだ、14だろ?なんだよ、自立とかさ……難しい事考えんなよ」

「シカマルもオレも、もうすぐ15じゃん!それにオレは……早く大人になりてぇって思ってたってばよ」

 ナルトが口元に浮かべた笑みは少しだけ寂しそうに見える。

「でも最近はさ。ずっと子供のままがいいな〜とか思うようになった。シカマルやキバやチョウジと、ずっとバカやって楽しかったらいいな〜とか考えるようになって………なんであんなに早く大人になりたかったのかも忘れちまったってばよ」

 シカマルはくっと唇を噛みしめる。

「もう、決めてんだな」

「うん…決めた。相談しなかったのは悪りぃって思うけど、みんな反対するだろうなって思ってたからさ。できなかったんだってばよ。すげー…それ悲しいから」

 ぎゅっと手のひらを握りしめたシカマルは、落とした視線を再びナルトに向けた。

「学歴がどーのとか、俺は思わねえ。でも、高校を卒業する事は悪りぃ事じゃねえよ。だから、夜学でいいから行けよ」

「シカマル?」

 それは担任教師にも言われた事である。自立したいと言う気持ちは良い事だけれど、別に高校へ上がる事も無駄ではないという事。学ぼうとする気持ちは大切だと言う事。

「働きながらガッコ行くのは、大変だと思うけど……俺にフォローできることはするし」

「シカマル?」

 ナルトは瞬きを繰り返しながら、シカマルを見つめる。彼は不器用な笑みを浮かべながら、ナルトを抱き寄せた。ナルトは驚くが抵抗はしない。どきどきする鼓動を抱えたまま、シカマルの腕の中におさまっていた。

「ナルト…」

 どう返事をしていいか分からない。暴れだした心臓が口から飛び出しそうだ。シカマルの腕の力が強くなって、ぎゅっと抱きしめられる。

「シカ…マル?」

 ようやく名前を呼べたのに、その声は自分のものではないんじゃないかと思うくらい弱々しいものだ。

「こんな事して気持ち、悪りぃか…?」

「……悪くないってばよ」

 触れた身体が熱くてたまらない。ただそれだけ。

「俺は、お前の事好きなんだ」

「オレだって…好きだってばよ!」

「違う。チョウジやキバんことダチとして好きな気持ちとは違う。特別にお前が……好きなんだ」

 シカマルの言いたい事がナルトにも分かる。

手のひらに広がる汗が自分が焦っている事を教えてくれている。

「だって、オレも……キバとかチョウジを好きなのとは違う気持ちで、シカマルん事好き…だからっ」

 喉がカラカラに乾く。昼間食べたアイスクリームの所為だろうか?キバの言った事は本当だったと、呑気に考えてしまった。

 重要な告白をお互いにしていると言うのに。

「オレ……めっちゃ、どきどきしてんだけど…」

「ンなの、俺だって同じに決まってんだろ?」

「そうは見えねーってばよ、シカマルは」

 ナルトは身体の力を抜くと、シカマルの肩に頬を寄せる。心地よい体温が心の中の何かを解かしていくような不思議な感覚。

「ドキドキ…してる」

「俺も…してる」

「見えないってばよ…」

「本当に俺の事…好きなのかよ」

「嘘でこんな事言える訳ないじゃん…!!」

「―――――― キスしていいか?」

 シカマルの言葉にドキドキがもっと大きくなった。

「どうして、聞くんだって……」

「そりゃ、男同士だし。勘違いとかよ、そーゆうのもあるかもしれねえだろ?」

「勘違いで好きとか言えねえってばよ!」

 そっとお互いの顔を覗き込んで、真剣な表情をしている事にどちらともなく吹き出す。

 ナルトはふと見えた景色を一生忘れたくないと思った。

 忘れてはいけないと思えたのだ。

 

 触れた唇が熱くて溶けてしまいそうだった。キスの味なんて覚えていない。

 ただ、甘酢っぱいことだけを除けば。

 

 

 

  

 

 

 

ナルトは元気な子に育ちましたと言いたいんですが(笑)

今回の話では、それがちっとも表せてなくて自分が残念です。

中二の夏くらいの話にしたかったんですが……進学の話もあり三年生!

色んな意味で、書き始めて設定が変わる話であります(^^

とにかく、両想い!