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Station 2
ちらちらと舞う桜の花びらは、ピンク色と言うよりも白に近い。 だから、少し前まで降っていた雪の事を思い出してしまう。写真やイラストで見る桜の花はピンク色なのに……どうして目の前の大木から降る花びらは白いんだろう…? ぼうっとそんな事を考えながら、ナルトは桜の木を見上げた。それは学校の隅の方にある巨木であった。まるで、この学校の守り主みたいにずっしりと校庭に構えている。 今日は中学校の入学式。 ナルトは小さな頃から児童養護施設で育っている。小さな頃とは生まれた頃からで、この村では乳児施設も併設されている形になっていた。だけれど、その施設にはナルト以外の子供は居ない。元々は戦後の孤児などを村のみんなで守ろうとした所から、この施設はできたらしい。そう遠くはない昔だったはずの話も現代では、親を亡くし孤児になる子供は激減しているのである。大きくはない村だ。もし、両親に何かあったとしても親戚がひしめき合って暮らしているような土地柄。国の機関や村の施設に頼らずとも子供を育てるだけの余裕が今という時代にはあるのだろう。 ナルトは視線を座り込んだ足元に向ける。 持ち物にあった大きめの紙袋には、新しい教科書がたんまりと入っていた。今日の宿題はその教科書に自分の名前を書いてくること。その紙袋の上を隙間がないくらい花びらが覆っている。 それをひとひらつまんで、目の前に掲げてじいっと見てみるが薄いピンク色であっても、やはり白に近い。 「……なんでだろ?」 ん〜と首を傾げていると、遠巻きに自分を見ている同級生の姿が見えた。 「おい!」 ひそひそと何か話していた何人かの一人が、ずいっと前に出てくる。 「……なんだってばよ?」 「お前、あの渦巻ナルトだろ?」 中心になっているリーダーらしき存在の彼は、ナルトを嫌なものでも見るような眼差しで見つめてくる。ナルトはいつものように、心の中でため息を付いた。
―――――――― またか。
独り言は声にならない。この手の輩は無視するか、黙って相手の言う事を右から左に受け流すに限る。いちいち相手をするのは疲れるのだ。 「お前って、生まれた時に自分の父ちゃんと母ちゃん殺したバケモノなんだってな!」 くすくすと重なる嘲笑。 「病院の先生も看護婦さんも、ぜーんぶ…お前が殺したんだろ?どうやってやったんだよ」 ナルトは瞳を伏せる。
―――――――― そんな事、知らない。
「母ちゃんが言ってたぜ。こいつとは仲良くすんなって。こいつは狐憑きかもしんねーんだって!」 「それ、私も聞いた〜。渦巻くんの近くに居ると良くないことが起こるからってママが言ってたもん」 「やっぱり、本当なのかな〜」 「お化けなんだ」 「こわ〜い…!」 バカにするような物言いで、ナルトの周りを囲んだ誰かが小石を蹴った。それが地面を跳ねて、ナルトの頬を掠める。 「…ッテ!」 思わず口にして指先で頬をなぞると、真っ赤な液体が指先に付いた。運悪く石が掠めた時に切れてしまったらしい。 「……なんにも言い返さないって事は、やっぱこいつって本物のオバケなんじゃないの?」 きゃあきゃあと数人の女の子が、面白おかしく悲鳴を上げてみせる。 「あ〜あ。…あんまり苛めると、本当に祟られちゃうかもしれないよ?」 けらけらと笑うその声に、ナルトは耳を塞ぎたくなる。どこかへ行って欲しい。誰とも関わりたくない。何も知りたくないし、話したい気分でもないのだ。 「コイツと同じクラスの奴らって、かわいそうだよな〜」 口々に好き勝手な事を言い始めた同級生にナルトは俯いているだけだ。むきになって反論すれば、本当に悪意のこもった傷を付けられる。身体についた傷は、深くなければすぐに癒えて消えてしまうが、心に付けられた傷は日に日にそれを抉られるような傷へ変わって行って、消える事がない。 自分が一生懸命になればなるほど深みに嵌ってしまうのだ。だから、ナルトはあえて反論の言葉を口にしなかった。いずれこんな自分につまらなくなったこいつらは、どこかへ行ってしまうのだから。 これ見よがしに悪口を言う輩の中に、のんびりとした声が聞こえてきた。 「ね〜ね〜、ボクらって可哀想なの?」 「別に自分で自分の事可愛そうなんて、悲劇のヒロインじゃねえんだし…」 ぷっと笑った声に、ナルトを取り巻いていた影が一斉にそちらを振り返る。 「何だよ、お前ら」 「お前らって、俺にはちゃんとした名前があんぜ?犬塚キバっつー超カッコいい名前」 「い、犬塚!お前は渦巻の事かばうのかよ!」 「庇うもなんも……俺の文句、今言ってたじゃんよ。渦巻ナルトと一緒のクラスの奴は可哀想なんだろ?俺って、お前に同情とかされてる訳?つーか、大きなお世話だけど!」 ぐっと押し黙った後、沈黙を破るように一人がナルトを指差す。 「こいつが生まれた病院で、殺人事件があって皆殺しにされたって知らねえのかよっ!」 「ねえねえ、人を指差しちゃいけないって言われなかった?ハッキリ言って、よくないよ」 ぽりぽりと菓子の袋に手を突っ込んでいる温和そうな眼差しがぎろッとその指を睨んだ。 「……で?それがどうかしたかよ。俺も、そのいわく憑きの病院っつーやつで生まれたクチなんだけど?俺も狐憑きのバケモンな訳?」 ポケットに両手を突っ込んで、興味なさそうに連中を見つめた黒い瞳が蔑むみたいな眼差しを向ける。 それでだろうか。そわそわした数人が、勝手な捨て台詞を吐いてナルトに背を向けて歩いて行く。そのやり取りをぽけっと見ていたナルトは、自分の前に現れた新手三人を順番に見つめた。 確か、ホームルームで自己紹介をした時に見たことのある顔。だけれど、最初から名前を覚えようとしていなかったから、ちっとも頭の中で人物と名前がつながらない。 「おう!お前、ナルトって呼んでもいいよな。俺は犬塚キバ。出席番号でお前の前だから、名前くれー覚えてんだろ?」 「ボクはその前に居た、秋道チョウジ。お菓子食べる?」 ナルトは正直困惑した。こんな風に悪意でない感情を向けられた事がない。 「シカマルは、ずっと後ろの席で寝てたよねぇ。ある意味インパクトあるよね」 チョウジに話しかけられたナルトは、シカマルと呼ばれた少年に視線を向ける。先生は人の話を聞く時は顔をみなければいけないと言ったが、ナルトはわざわざ振り返ってまで誰かの自己紹介を聞いてはいなかった。いくら同じクラスメイトであっても、自分とは無関係の世界の人間のような気がしていたのだ。 「なんだよ…お前、口きくのも嫌なのか?」 キバが首を傾げた所で、ナルトははっと我に返る。 「ち…違うって…!あの、いきなりでびっくりしたってか……」 こんな風に同級生から声を掛けられたり、自己紹介をされるとは思っても見なかった。 「お前、ずーっと俯いてばっかなんだもんな」 キバがにししっと笑う。 「シカマルの言ってた通り、本当に目が青いんだな〜」 チョウジの感心したような言葉に、ナルトは瞼を伏せる。それは、この国の風貌からかけ離れている自分の容姿が好きではないからだ。 「あ!…別に悪口じゃないんだけど」 チョウジの残念そうな声色にナルトは顔を上げる。こんな風にマトモに話しかけられる事なんて皆無だ。降って湧いた出来事に順応できない。 「俺は、奈良シカマルっつーんだ。よろしくな、ナルト」 「………あ、の…」 ナルトの困惑したような顔つきに、シカマルもキバもチョウジも眉をひそめる。 「なんだ?」 「こうゆう時って……なんて言えばいいんだってばよ」 困ったように呟いたナルトに、三人は同時に吹き出す。バカにしてるのでもなく、嘲笑しているのでなく。 「別に、ヨロシクでいいんじゃね?」 「―――― そうなんだ」 「俺はさ…」 シカマルの声に、チョウジもキバも口をつぐむ。 「ダチになろうとかさ。そーゆうのって、約束とかじゃねえだろ。なんとなくツルんでた…みたいな曖昧な感じでよ。だから、硬くなる必要はねえんじぇねえの?自然の成り行きっつーか、面倒くせー感じはゴメンだからな」 ナルトはぱちくりと瞬きを繰り返しながら、シカマルを見つめる。飾らない言葉の向こう側に見える優しさを感じる事ができる。それはキバもチョウジも同じである。歯に衣を着せない物言いは、一見きつい印象を受けるが、その言葉に悪意はない。年相応の態度であるとも言えた。 「オレ……友達とか、初めてだから。よくわかんなくって……さ」 「ふーん…――――― 別にいいじゃん。用がねえなら、一緒に帰ろうぜ」 キバが彼特有の人懐っこい笑顔を見せた。 「いいのか…ってばよ。オレに関わったら、イイコト言われねえってばよ」 「関係ねえし!な、シカマル」 「そーだな。外野には好き勝手言わせとけばいいんだよ。イチイチ親のご機嫌取りしてる奴等に付き合う必要もねえしな」 不思議な感覚だ。無条件に受け入れられた事を不思議に思ってしまって、いつもの癖で悪い方向へと志向が向かう。 「ほら、いつまでも座ってねえで行こうぜ。お前、桜の花で埋もれるぞ」 差し出された手。ポケットから差し出したシカマルの手をじっと見つめる。自分はこの手を取る資格があるのだろうか。悩んでいるのは一瞬の出来事なはずなのに、業を煮やしたような彼は乱暴にナルトの手を取って立たせる。ナルトは慌てて紙袋の持ち手を掴んだ。立たされてシカマルが少しだけ自分より背が高い事に気が付く。チョウジは少しだけ背が低くて、キバは同じくらい。 入学式には保護者が一緒に参列しているはずである。でも、彼らの近くには大人の気配はなかった。キバいわく、中学にもなって親と一緒に帰宅するのが恥ずかしいと思えるらしい。ナルトからしたら、少し羨ましい感情だ。 自己紹介の少しだけ掘り下げたような、お互いについての事を話ながら岐路に付く。最初にキバが別れ、しばらくしてチョウジが手を振る。ナルトは隣を歩くシカマルを横目で伺う。その視線に気が付いたのか、不意に会う視線。ナルトは瞳を大きく見開いて、彼を見つめた。 「俺んち、……お前のウチの先だからよ」 一緒に歩く理由を話されてナルトは頷く。施設のことを「家」だと表現するシカマルに好感を覚える。 「もしかして……シカマル、とオレ、同じ小学校だった?」 気になっていた点を口にすると、シカマルがふっと笑った。 「そーだぜ?」 「……知らなかったってばよ」 「つか、お前…あんま周りに興味ねえ感じだったもんな」 それが一番、自分が楽でいられる最善の策。人と関わらないように、目立たないように……同級生にも教師にも一線を引いて接してきた。 「俺の印象ってかさ……誰かの中にいるナルトはいつも下ばっか向いてるだろ?けど、一人の時はいっつも空を見上げてんだよな。そん時に、ナルトの目が青いって事に気が付いたんだ」 そこまで自分を観察している人物がいることに驚愕する。そして、ドキドキした。 「目ん玉、青いからさ……空の色が映ってんのかとか。小せえ時が思ってたんだよ。マジで」 シカマルの告白にナルトがふっと笑う。そんな風に思われていたなんて、やっぱり不思議だ。 「恥ずかしいから、チョウジやキバには言うなよ?」 「……うん」 なんだか胸の中がジンと温かい。 「シカマルんちって……あの、でっかい家?」 施設の先にある大きな屋敷の事を思い出したナルトは、おどおどと聞いた。家なんてものは他に見当たらない。 「…ん?ああ、大きいだけが取柄のボロイ家」 ぼろいなんて言い方をシカマルはしたけれど、そんな事はない。立派な大きな屋敷だ。 「お前と同じ病院で生まれたっつーのも嘘じゃねえよ。あん時は老朽化した病院の移転作業中だったみてーで、俺はまだ移転してねえ古い方の病院で生まれたんだってさ」 その移転前の病院……ナルトが生まれた時、担当した医師や付き添った看護師、それに両親。ナルト以外の人間は全て奇怪な死を遂げている。それがナルトに付きまとう暗い過去だ。 「…俺はよくわかんねえけど、非科学的な事は信じられねえ性分なんだわ。それに、呪われるとか狐憑きとかよ。バカにすんのも大概にしろってずっと思ってた。目に見える嫌がらせならチャチ入れる事もできるけど、そーゆうじゃねえからよ……」 精神的重圧を物心つく頃から受けている。目に見えない暴力。それは人の感情から生まれるもので、人の口に戸がたたないようにどうする事も出来ない。 「ありがと、シカマル。そんな風に思ってくれてる奴がいるなんてオレ、知らなかったってばよ。色々、期待するとかそーゆうの諦めてて……どうでも良かったってか」 「そうだな。ナルトって、周りの事はシャットダウンしてるって感じだったし。あ、いや…でも責めるとか思ってねえぞ?そうするしかなかった事は、さっきのコトでもよく分かったから」 自分が傷つかないように生きていく方法を無意識に身につけていたというだけの事。それを「弱さ」だと言い切ることなんてシカマルには出来なかった。ナルトが強いられてきた苦痛を自分は知らないのだ。だから口先だけの慰めや励ましなんて、偽善的な言葉でしかない。 「キバもチョウジもいい奴だぜ?これからはさ…お前らしくいればいいんじゃねえの?」 「え?」 自分が変われるチャンスが目の前に差し出されている気分になる。生まれて初めてできた友達。 心がくすぐったい。 これが嬉しいという感情なのだろう。 「サンキュだってばよ、シカマル」 差し出してくれた手。 離したくないと感じた瞬間。 春の匂いが辺り一面に広がる。深呼吸と一緒にそれを吸い込んだ。 だから、自分からも差し出された手に手を伸ばす。 咲き誇る桜の花が、散り始めた春の出来事。
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何があっても元気印なのがナルトって子だと思うんですが(^^ゞ
後ろ向きなナルトを書いちゃって、ごめんなさいです。
シカを筆頭にキバやチョウジと一緒に、彼らしいナルトになっていくのかな?
ナルを乙女にしたい訳ではないですよ〜。今回とかナヨナヨしてるもんなぁ。
ってか、出会いは春なんです(笑)
ナルに意地悪?悪口言う子を書くのが難しく…本当は小学生のはずだったんですが
急遽、中学生まで年齢あげました(という裏話)