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Station

 

 

 吐く息が白い。

 夜の空気は凍ってしまいそうなくらいに冷たい。それでも、走ってここまで来たから身体は熱かった。心拍数が上がって、息も上がって。首に巻いたマフラーも邪魔だと思えてしまうくらいに、胸の鼓動も高まる。

 

――――――― 今日こそ、会えるかもしれない。

 

 期待は毎日している。

 いつも信じている。彼の、大好きな彼の言葉だから信じる事が出来るのだ。

 

――――――― 今日こそ、帰ってくるかもしれない。

 

 最終電車が駅を通過するまで、暑い日も寒い日も、雨の日も、ずっとずっと駅のベンチで待ち続けてきたのだ。小さな駅には、駅長が一人。昼間には違う職員もいるらしいのだが、夜にしか用がない駅にナルトは来る事はなかった。

「今日は時間通りだな、ナルト」

 駅長の笑顔に迎えられたナルトは、それに応えるようににっこりと口元を綻ばせる。

「ちょっと風邪ひいちまって……」

「そうか、一日でもお前が来ないとこっちの方が心配だ」

「今日もお邪魔しますだってばよ」

 この駅に通うようになって、何年が経つだろう。

 最初は入場券を購入して、ホームのベンチに座っていた。それは毎日の事で、呆れた駅長が入場券を購入しなくともホームへ入れてくれるようになったのは、ナルトが通い詰めてひと月ほどたったある日だったと思う。

 今では顔馴染みになってしまった、駅長とナルトは奇妙な関係だが、所謂仲良しさんになりつつあった。

「今日は冷えるぞ〜? お前、病み上がりなんだろ。ホームじゃなくて、この部屋で待てばいい」

 この部屋とは駅員の休むことができる場所である。それでいて、ホームや改札、待合室なども一望できる造りになっていた。確かに、ここへ居れば、ホームに到着した電車から降りる人影も確認することができる。

「あんがと、おっちゃん。でも、オレってば……やっぱホームで待ちたいんだってばよ」

 好意は在り難い。自分のワガママだという事も分かっているが、ナルトなりの拘りでもある。電車から降りてくる彼を一番に迎えるのは自分でいたい。

「そうかそうか。お前は本当に面白い奴だなぁ。でも、無理せずにいつでも入ってこいよ?」

「うん。オレは遠慮なんてしないって!サンキュだってばよ」

 この駅に通い始めた頃、駅長に「まるで恋人を待っているみたいだ」と言われた事がある。ナルトは真っ赤になって、それを否定した。待っているのは自分と同じ男なのだから、恋人である訳はないと。必死に否定すればするほど、周りからはそう見えてしまうから不思議だ。それは、ナルト自身が「恋人だろう…?」という事は否定しても、友達であると断言しないからかもしれない。友達を待っているとは、ナルトは言わないのだ。ただ、大切な人であると言葉にしただけ。

「なぁ、ナルト。今夜は本当に冷え込んでる。床冷えってやつだ。雪になるかもしれねえし……ホームで待つなんて――――― 」

「大丈夫だって!無理はしねえし、ほんとに寒くなったらここに来るから、そん時はヨロシクだって!」

「全く…強情なやつだな。とりあえず、コレ持ってけ」

 駅長から渡されたのは大判の毛布。

「サンキュ〜だってばよ」

 ナルトの背中を見送った駅長は、視界の端に白いものが見えるのを確認する。

「やっぱり降ってきやがったか……」

 そして、ため息をつきながら駅のホームにあるベンチに腰掛けたナルトを見つめた。

 健気に誰かに待つ姿に心を動かされた。にこにこと笑う笑顔の向こうに、真剣な思いが見えた気がしたのだ。ナルトがどんな大切な人をこの駅で待っているのかは知らない。だけれど、きっと彼の中で重要な所に存在している人物であることが確かなのだ。

「妬けるねぇ…」

 きっと人生の中で、恋人でも友達でも…とても大切だと思える人に出会える確率は低いと思う。若いナルトはまだまだ先の長い人生の中で、早くにその人を見つけられたと言う事だろう。それがラッキーなのカ、アンラッキーなのか。他人でははかる事のできない物差しの違い。

 強情をはるナルトを、雪がひどくなる前にこの部屋へ押し込めよう。そこで、最終電車を待てばいい。そう思いながら、薬缶に火をかけた。

 

■■■

 

 吐く息が白くて、空気に消えてしまうのは一瞬で。

 それをぼうっと見つめながら、ちらつきだした氷の結晶を見上げる。頬に当たる風も冷たくて、指先もかじかむ。それでも、心の中にある彼との思い出で胸の中は容易く温まる事が出来た。

 多くの事など、望んでいない。諦める事が、生きていく上で一番楽なのだと思っていた自分の人生観を根底から覆した彼が自分の所へ帰ってくるのを、ただただ待ち続けるだけ。

 待てども来ない待ち人に、心が痛んだ事もあった。それでも、たまに届く便りを目にするたびに透明な雫が頬を伝う。彼を好きだと思うたびに、自分は救われている。

「……シカマル、いつになったら―――― 戻ってくんだってばよ」

 凍えてしまいそうな感情が、本当にぎりぎりのラインで正常に保たれているのが不思議だ。誰かを信じるとか愛するとか、好きになるとか受け入れるとか。考えてもみなかった日常を与えてくれた唯一の人。

 一番最初に言葉を交わしたのは、いつだっただろうか?

きっと、春。

桜の花びらが風に吹かれてすごくキレイだった事だけが記憶の中に蘇る。どちらから、声をかけたのだろうか?覚えているのは差し出してくれた手を、思わずとってしまったという事実だけ。

「寒みぃよ……シカ」

 自分のシカマルに対する気持ちを知ったのはいつだっただろうか?

 考えなしに口にした告白。好きだという気持ちを彼に伝えた。

 それに応えてくれたのは、きっと夏。口唇が溶けてしまうようなキスを交わした。

 いくつもの季節を共に過ごし……そして、心を体を重ねた季節は、きっと秋。

 

 

 

『ナルト、好きだ』

 

言葉にされる度に、嬉しくて涙がでるくらい切なくて。

 

『ぜってーに戻ってくるからよ。お前は、俺を待ってろよ?』

 

言われなくても、いつまででも待ち続ける。

 

『いつ戻ってくるんだってばよ?』

『いつとか…言えねえけど。戻ってくる時は、連絡すっし…』

『ふ〜ん…わかりにくいって』

『んじゃ、こうしようぜ。分かりやすいように、俺は最終電車に乗るからよ』

 

冗談を言うような口調に、くすくすと笑い合った。

 

 

 

 このまま一生会えないのではないかと思うと怖くてしょうがない。だけれど、シカマルが約束を違えた事は一度もなかった。だから、ナルトはシカマルを信じているだけでいいのだ。彼が、絶対だと言うのだから……必ず自分の元へ戻ってくるのだから。

 サヨナラは、再会への約束で。指と指が触れ合って、絡まるだけで幸せになれたから。肩を寄せて伝わる温もりに安堵を感じたから。だから、信じる事が出来る。

 離したくないと離れたくないと思っていたシカマルが、家庭の事情でこの村を出たのは、きっと冬の終わり。もうすぐ一緒に桜の花を見られると思っていた矢先だった。

 彼が自分の元へ戻ってくるのは、いつだろう?

春、夏、秋、冬?

 かじかんだ指先にふうっと息をかける。駅長から渡された毛布がありがたい。身体を包むようにすっぽりと巻きつけて、電車がやってくるだろう線路の向こうを見つめる。

 一時間に一本あるかないかの単線だ。すぐに、降車するシカマルを見つけられるはず。

「ほんとに、今日は……めちゃ冷えるってば」

 風邪をひいて寝込んでしまい数日ここへ来る事が出来なかったのだが、今日は治りかけのそれを無視して駅までやってきた。油断すると鼻がやばい。すんっとすすって、手をこすり合わせて。カイロを持ってこなかった事に少しだけ後悔した。夕飯の後に飲んだ風邪薬が効いているのか、少しだけ眠たい。だるいと感じる身体は寒気より体内から湧き上がる熱に支配されつつある。

「やべーなぁ…」

 瞼がふっと下がりそうになって、首を振って意識をもどす。毛布は有難いが、暖かいそれに眠気が襲ってくる。身体を包むのはやめて、膝の上に置いた。冷気がナルトの眠気をさえぎってくれるだろう。

 最終電車まで、あと半時程……

 不思議と今日こそはシカマルが帰ってくるような気がしてならない。だから、少しくらい体調が優れなくても駅へ足を運んだのだ。

「シカマル、早く会いてーよ……」

 抱きしめて、キスしてほしい。抱きしめ返して、キスを返したい。自分の中の片割れはきっとシカマル。不完全な自分という存在が半身を求めるように、惹かれあって……ぽっかりあいた穴のからの隙間風が少しだけ寂しい。

「シカマル…」

 俯いて呟いた所で、自分の前に影が出来た。ナルトは信じられないと言う様にゆっくりと顔をあげる。

「よう!」

「…え、嘘……な、んで?」

「待たせたな、ナルト」

「シカマル…」

「俺を、呼んだだろ?」

 今日だけじゃない。いつもいつも、毎日毎日、シカマルの事を考えて心の中で彼を呼んでいた。

「…――― 呼んでた、けど。でも、なんで……いつ電車来たんだってばよ」

「さぁ?…お前が転寝してるウチじゃねえか?」

「そんな…だって、時間も!オレ、毎日来てるから……」

「待たせたな。悪かった」

 ぎゅうっとシカマルがナルトを抱き寄せた。抱き上げられて、立ち上がったナルトの膝から毛布がぱさりと音を立てて落ちる。

「あった…か、い…。嘘じゃないんだ……」

 シカマルの背中にナルトも手を回して、ぎゅっと彼を抱きしめる腕に力を込めた。

「嘘はつかねえよ。お前には、絶対」

「うん」

 頷いた瞬間に目じりからぽろぽろと零れる涙。何度も何度も頷いて、伝わってくる温もりに心が落ち着いてくる。

「行こうか、ナルト」

 離れて、ちゅっとキスされる。ナルトは急な行為に驚きながら、顔を真っ赤にして顔をかしげた。

「どこに、行くんだってばよ?」

「ば〜か…こんな寒いとこにずっと居るつもりかよ?」

「あ、そうだよなぁ…」

 くすっと笑ったナルトはそっとシカマルの手を取った。

「これからは、ずっとシカマルと一緒に居られる?」

「ああ」

「ほんと?」

「だから…お前に嘘はつかねーって言ってんだろ?」

「うん」

「もう離さねから……お前も俺から離れるなよ?」

「シカマル!めっちゃ照れるって……!」

 へへっと笑った所で、床に落ちてしまった毛布が視界に入る。駅長に返さなくてはと思ったところで、強くシカマルに腕を引かれた。

「シカマル、あの…毛布返したいから、少し待って欲しいってばよ」

「…それはそうだけど。―――― ナルト、ちょい時間がねえんだわ。ここにたたんで置いてくって事で許してくんねえか?」

「へ…?」

 時間がないとはどういう意味なのだろうか?わからないが、シカマルが意味のない事を言うはずがない。

「もうすぐ、電車がきちまうからさ」

「だってシカマル…最終に乗ってきたんじゃ……?」

「俺と、来るか?ナルト」

 少し寂しそうに細められた瞳にナルトはこくこくと必死に頷く。こんな表情を彼にさせてしまうのは嫌だ。

「行くに決まってるってばよ。そんな当たり前のこと聞くなって!」

 不安そうな顔をしないで欲しい。いつも自信満々に自分のことを引っ張っていってくれたシカマルらしくない。

「お前をこんな場所で待たせた俺を許してくれるか?」

「なに言ってんだって。待ったのはオレの勝手で、オレがしたくて自分の考えでしたことで……シカマルの所為とかじゃねえってばよ。オレは、すげーわがままだから……誰よりも先にシカマルに“おかえり”って言いたかったんだ」

 シカマルがふっと笑った。

「そうか」

「そうだってばよ!」

 すっと手を差し出される。ナルトは不思議な感覚を覚えた。

 湧き上がる既視感。

 何度こうやって手を差し出されても、ナルトは自分のとる行動がわかる。

 悲しい時以外でも涙が出ることを最初に教えてくれたのはシカマルだ。彼を信じているし、彼の信じた道を共に歩みたいと思っている。

 

 この手を取ることに、なんの迷いもない。

 すぐに、静かだったホームに電車が入ってきた。しっかりと握った手を離す理由はどこにもない。

 ナルトは自動でない扉を、シカマルが開けるのをじっと見つめる。

 振り返って見えた部屋には明かりが灯っていた。心の中で駅長への感謝を込めてぺこりとお辞儀をする。

 もう、振り返らない。

後ろは見ない。ただ、隣にいる大切な恋人の横顔を見つめて居ればいいのだから。

 

 

もう季節の巡らない旅に出かける。二人きりで。

 

 

 

 

  

 

 

サイト2周年ありがとう!の記念に連載します。

なんてカッコいい事言いますが、丁度アップと重なったので便乗さ!

本当はナルトワールドの世界観で何か書きたかったのですが、現代物(?)でごめんなさい。

当初、駅長さんはイルカ先生でした()

でも、先生は先生だろ?とか思って、見ず知らずのおっちゃんにしちゃいました(^^

この二人の関係については、次回より。詳しくって感じです。

少しだけシカナルの旅にお付き合いください。