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バレンタイン2010-2
さっとシャワーを浴びる程度だったのだろう。シカマルがバスルームから戻ると、まだ拗ねたような背中が見える。しょうがない…と溜息をついて、ナルトを抱きしめた。 「おい、機嫌直せって…」 ナルトはシカマルの方を見ようとはしなかった。だが、抱きしめてきた腕を払う事もない。 「……いつまで、こうしてるつもりだって……」 半分以上あきれているのだが、残りの半分は可愛いヤキモチを妬くナルトに笑みが零れる。 「気にいらねえなら、全部捨てちまえよ。こんな事でお前の機嫌が悪くなるなら、その方が清々するぜ」 「そんな事、できねえって…」 シカマルに対してどんな感情を持って、これらを贈ったのかは別として……捨ててしまうなんて考えられない。確かに、こんなちっぽけな事で拘ってしまう自分にも嫌気がさす。 だけれど、理屈では説明できない厄介な感情が渦巻いているのも確かなのである。 「心が狭いのはオレなんだから、チョコには罪はねえもん…」 口にしている程、心の中がすっきりしている訳ではない。ただ単にモノに罪はない…という意識はあるので、一応口にしてみたのだ。 「お前…態度と言ってる事が違うぜ?」 少し苛ついて聞こえるシカマルの声が、ナルトから遠のく。少しだけ焦って顔を上げたナルトは驚いた顔でシカマルを見つめる。テーブルの上にあった包みを掴むと、全部ゴミ箱にぽいっと投げ捨てたのだ。シカマルにしては珍しい強引な行動だと思う。だからこそ、びっくりしてしまったのだが。 「シ…シカマル!」 「風呂に湯をためてるから…お前は入ってこいよ」 自分のしたことに何の罪悪感も感じて居ないのか、その口調はいつもと同じだった。ナルトはゴミ箱の中から捨てられてしまった、チョコレートを救出した。もちろん、その行為にシカマルが眉をひそめた事は言うまでもない。ふうっと短い息を吐いた彼は、少しだけ機嫌が悪そうにしてベッドの上で髪を拭いている。 「……風呂、行ってくる」 ナルトの言葉にも返事もない。それにはナルトもむっとしてしまった。自分を見ようとしないシカマルに背中を向けて、バタンとバスルームの扉を閉める。シカマルはシャワーだけで済ませてしまったようだが、湯船には半分くらい湯が溜まっていた。ナルトを思ってしてくれた事に嬉しくなるが、心の中は晴れる事はない。浴槽の中に腰を落ち着けて、膝を両手で抱くようにして座る。膝小僧の上に顎を乗せたナルトは顔の筋肉が強張っている事に気が付いた。 「なんだよ、シカマルの……馬鹿」 ちょっとした事なのに、自分とシカマルの気持ちがすれ違っている事が分かるから気分も暗くなるのだ。 好きだから、こんな小さな出来事でも嫉妬してしまう。シカマルの事だから、断るのも面倒なくらいでチョコレートを受け取ったのだろう。それに、それの贈り主にも他意はないのかもしれない。ただ拘っているのはナルトだけのである。 肩まで湯が溜まったので蛇口を閉めた。ぱしゃぱしゃと湯で顔を洗ったナルトは、この小さな嫉妬心をシカマルにぶつけてみようと決めて、ざぷりと風呂から上がった。頭をゴシゴシやりながらダイニングへ行くと、ナルトの視界の中に入ったベッドにはシカマルの姿がある。ごくりと唾を飲み込んで、その名前を呼ぶ。呼んで数秒……返事がない。ナルトの態度に返事もしたくないほどに怒っているのだろうか。少しだけ心配になって近づくと、すうすうという寝息が聞こえてくる。 「寝て…る?」 すこしホッとしたような、だけれど腹立たしいような気分に襲われて床に座ったナルトは、むすりとむくれて髪をごしごしと拭いた。気を使う訳でもなく物音も立ててみるのだが、シカマルに変化はなかった。彼には珍しく真剣に寝入ってしまったようだ。膝を付きながらベッドに近寄ってその顔を覗きこむ。先程の自分とのやり取りも気にしていないと言う様な寝顔を見て、ナルトは息を吐いた。 眠たいと言っていたシカマル。相当に疲れていたのだろう。小さなヤキモチでシカマルを煩わせてしまった事を少しだけ悔やんでしまう。シカマルを見て居て思うのだ。やっぱり、意味も理由もなく彼の事が好きだと。 「もう…オレの負けだってばよ」 喧嘩をした訳でもなんでもないのだが、自分の中の素直な気持ちが白旗を上げた。こんなにも彼の事が好きなのだ。もう、それ以外の感情はいらない。自分が機嫌を損ねると分かって居たら、シカマルも貰ったチョコレートをナルトへ渡そうとは思わなかっただろう。シカマルにとっては、ただそれだけの事。ナルトは無理矢理に自分の気持ちを落ち着けてシカマルの隣へ身体を滑り込ませる。ベッドから落ちてしまわないように、窓際が自分の指定席。そっと布団を捲った所で、シカマルの腕がナルトを引き寄せた。 「シカマル、起きて……」 近くでシカマルの鼓動を聞いたナルトは、抱きしめられた胸にぎゅっと顔を押し付ける。シカマルは目が覚めた訳ではない。彼の無意識な行動でナルトを抱き寄せたのだ。そんな些細な事がなぜだか嬉しくて、ナルトはそっと目を閉じた。とくりとくりと鳴る心臓の鼓動がナルトを夢の世界に誘う。空気と一緒にシカマルの匂いを吸い込んだナルトはぎゅうっと温かい身体に抱きつきながら眠りに落ちたのだった。
どれくらい眠ったのだろう。まだ暗闇の中なので、夜であるのは確かだ。ナルトはふと目を覚まして隣にシカマルが居ない事に気が付いた。シーツをさぐれば、もう冷たくなっているそこ。 「…シカマル?」 掠れた声を上げるのと、扉がガチャンと鳴るのは同時だった。足を忍ばせるように帰って来たシカマルが掛け布団をそっとめくった所で、目を開けているナルトと視線が合う。 「なんだ、起こしちまったか…?」 ナルトは軽く首を振った。 「そんなんじゃねえって。たまたま目、開けたら…シカマルが居なかったから……」 するりとナルトの隣に入り込んできたシカマルからする煙草の香り。 「そっか…」 「まだ、夜中だってばよ」 「だなぁ…。でも、腹減った」 シカマルの科白にナルトはくすりと笑う。二人とも夕食を口にせずに寝てしまった。言われたら自分のお腹の虫も泣きだしそうだ。 「オレも腹減った〜…」 その言葉を聞いたシカマルもくすりと笑う。 「なんだ、お前もあれから寝たのか?」 「風呂からあがったら、シカマル寝てるしさ…なんか一緒になって寝た」 「悪りぃ…睡魔に勝てなかった」 謝る必要なんてない。食事よりもシカマルの近くにいたかっただけなのだ。いつもの彼ならば、風呂から上がるナルトを待っていてくれただろう。それに、少しだけ険悪なシチュエーチョンだったし、シカマルがナルトの事を気にしていない訳でない事は言われなくても分かるのだ。それよりも、すこし落ち着いた思考でシカマルの近くに入られた事の方が嬉しかった。 「あ!そうだ…」 ナルトは思い出したようにベッドから下りると、ゴミ箱から救出したチョコレートたちを運んできた。一瞬、眉を潜めたシカマルもシーツの上にばらまかれた箱に軽く息を吐いただけだ。 「捨てろって…ンなもん」 「腹、減ってんだし。食おう!」 寝てしまう前のやり取りを思い出したシカマルは気が進まないらしい。ナルトは気にせずに、包みをがさごそを開けた。 「ナルト…」 「普通のチョコだって。うん、うまい!」 一つを口に入れたナルトはにこにこと笑っている。シカマルはそれを不思議な気持ちで見つめた。どんな心境の変化があったのかは不明だ。勝手に拗ねて怒っていた数時間前はなんだったのだろう。 「……シカマル、ごめん」 二つ目をつまみながら俯いたナルトがぽつりと呟く。 「オレ…誰か知らねえけど、シカマルにチョコあげた奴に嫉妬したんだって。別に、シカマルがそれを受け取った事は……」 「バ〜カ」 精一杯の強がりを一言でねじ伏せる。 「…ったく、めんどくせーの。来年からは誰からも貰わねえよ」 「あの…いや、………」 「愛がないとまで言われたからな」 ナルトは言葉に詰まる。本当の事だ。シカマルは特別な意味もなく、ナルトが好きだろうとチョコレートを渡しただけだったのに。と、言いたいのだろう。 「だって、しょうがねえじゃん。好きなんだもん、シカマルの事。一人占めにしたいと思うのダメなのかよ!」 重い溜息が言葉にしなくてもシカマルの心境を語る。即ち、面倒臭いだ。 「よく言うぜ。自分は何人にバレンタインチョコ配ったんだ?」 「…え…?」 考えもしなかった事を言われて、ナルトは首を傾げる。 「俺は寛容な恋人だろ?」 にやりと笑われて、ナルトは呆然としてしまう。 「恋人が別の奴にチョコやっても、目を瞑ってやれる寛容なオトコだろ?」 「オレが配ったのは、友チョコだってばよ」 「友達だろうが義理だろうがなんだろうが、俺が嫌かもしんねーんじゃねえの?」 「それは…!」 「お前の言いたい事は、そうゆうコトだろ?俺の方こそ、無神経で悪かったよ」 食べ物に罪はないと言ったナルトの言葉は本気だろうが、彼を嫌な気持ちにしてしまった事も本当なのだ。デリカシーに欠けているのだろう。ようやく、ナルトの機嫌が急降下した理由も明確になった。このアパートに来た時は、眠たさの方が優先で細かい事まで考える余裕がなかったのである。 「仲直り…しねーか?」 ナルトがシカマルのシャツをぐいっと引っ張る。そして重ねた唇が、その答え。確かに一緒に居る時間をいがみ合っているなんて勿体ない。同じ「好き」だという気持ちならば、お互いが優しくなれる感情の方がいい。 「大好きだってばよ、シカマル」 触れただけの唇が囁くと、口内に舌が侵入してきた。もちろん、熱いそれに自分の舌を絡める事でシカマルに応える。ほんの少しでも離れて居た心が寂しいと言っているから。ぴちゃりと音を立てて唇が離れると、シカマルに抱き寄せられた。暖かい腕の中でナルトはシカマルに身を寄せる。 「……友チョコはいいけど、お前。本命忘れてねえか?」 耳元で囁かれ、ナルトがばっと離れた。そのいきなりの行動にシカマルが目を丸くしていた。 「わ…忘れてた!!!」 ぷっと吹き出したシカマルを尻目にナルトが慌てたように腕の中から逃げて行く。 「お〜い、ナルト?」 バタバタと言う足音が聞こえて戻って来たナルトの手には、よくわからない物体があった。 「なんだ、これ…?」 「オレがシカマルへのチョコレート忘れる訳ないじゃん。忘れてたのは、渡すの!本命はシカマルだけだってばよ」 にっこりと笑われて、シカマルは固まった。もしや…という疑問が脳裏をかすめた。満面の笑顔といってもいいほどのナルトは、シカマルがそれを口にするのを期待の籠った瞳で見つめている。 「………どうしたんだ、コレは……」 皿の上に乗っている何かは小さいが、存在感は十分にある。 「もちろん、手作りケーキだってばよ」 「て、手作り!?」 これがケーキなのだろうか。目を疑いたくなるが、作った本人が言っているのだから「ケーキ」なのだろう。だが、黒い物体がケーキだとは思えない。部屋が暗いから余計にその黒光りしたモノがおどろおどろしく見えるのだろうか。否、でも電気をつけて確かめるのはもっと嫌だった。シカマルの背中を冷や汗が流れる。 「あ、フォーク。もってくるってば」 シカマルの前に皿を置いたナルトがいそいそとキッチンに戻って行った。おおよそ食べ物に見えないそれをじいっと眺めたシカマルは腹をくくった。食べなければ…いけないのだろう。きっと、そういうつもりでナルトはフォークを取りにいったのだから。そして、急いだ風に戻って来たナルトは、取って来たフォークの1本をシカマルに渡す。 「一応聞くけど、これはなんてケーキなんだ?」 「ええっと…いのが言うには、ザッハなんとか」 「…なんとか?」 「見た目はイマイチだけど、味は保証するって!」 いつかどこかで聞いた事のあるセリフを口にしたナルトは、もう一度にっこりと笑った。シカマルはしょうがなく、端っこをフォークで切り分けて口の中に入れた。見た目を裏切って、ふわりとしたスポンジにリキュールの香りとチョコレートがマッチしている。 「……うめーじゃん」 いつもながら視覚を裏切る味になんとなく感心してしまう。いのが教えたと言うのだから、多分大丈夫なのだと思ったが…いかんせん見た目は最悪なのである。 「シカマルは甘いの、あんまりかなって思ってさ」 へへへっと笑ったナルトが嬉しそうだ。シカマルはふっと笑うと二口目を咀嚼する。 「サンキュ、ナルト」 「おいしい?」 「だから、うめーって言ってんだろ」 シカマルは半分くらいを平らげて、皿を窓際に置いた。 「シカマル?」 腕を引っ張られたナルトはシカマルに組み伏せられていた。見上げると甘い唇が降りてくる。当たり前のように瞼を閉じたナルトの頬をくすぐり、目的に辿りついた唇が優しいキスを仕掛けてきた。 「…んっ」 チョコレートの甘さがナルトの口にも広がった。 「やっぱ、本命はコッチだろ?」 「なにが…?」 「分かんねーフリもいいけどな」 にやりと笑ったシカマルの笑みが艶っぽい。それで、全てを理解したナルトの顔が真っ赤になる。 「最後までおいしく頂いてやるよ…」 「ちょ…シカマ……っ…あ、んっ…」 悪戯に肌を這う指先にナルトから嬌声が漏れた。すでに甘いなにかを含んだ吐息にシカマルの機嫌も良くなっていく。 「シカマル…好き」 「ああ」 ぎゅっと抱きついて、もう一度キスをする。 「ヤキモチも分かりやすく妬いてくれよ?」 「ん…あ…」 シカマルの呟きはナルトに届いたのだろうか。震える身体を抱きしめたシカマルは、ナルトから伝わる熱の熱さにふっと笑った。
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最後だけ、少しだけ甘い雰囲気で(笑)
お互いに「好き」ってのが伝わればいいかなぁと…
ナルトの料理のくだりは、愛情クッキングとリンクしてます(*^_^*)
見た目が最悪なのに、美味しい料理ってのもすごいなぁ…
二人は無駄にラブラブしてるのがいいです。