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上書き
眠れない。 「最悪だな」 心境を吐露するとこの一言に尽きる。眠れないのだから部屋の電気もつけてついでにテレビのスイッチもオンにしてみた。うるさいだけの雑音がシンと静まり返った部屋に響いた。深夜帯には大した番組はやっていない。元から興味もないのだから関係ないのだが、何もないよりはましだと感じる。 重ねた唇は柔らかくて。 嘲笑を浮かべる。
やっぱり鬱陶しくなった乾いた笑い声にテレビの電源を落とした所に、ピンポンと電子音が聞こえる。思わず時計に目をやって時間を確認するが人が訪問してくる時間には随分と遅い。だがインターホンの画面に映る姿を確認して玄関まで思わずダッシュしてしまった。壁に足の小指をぶつけて蹲りたいくらいだが体が先に動いていた。 「ナル……――ッ」 玄関を開けて口を開いたところでガツンとした熱い痛みを左頬に感じる。予想もしていなかった事に反応も遅れ思わず尻餅をついてしまった。情けないことこの上ないが怒りを露わにしたナルトに何を言っていいのか分からずに、切れている口の端を手の甲で拭う。 「ナルト…」 情けないことに彼の名前を呼ぶのが精一杯で、それ以外の言葉をすべて忘れてしまったかのように固まったままナルトを見上げる。 「なんで何も連絡してこねえんだよ」 ポツリと呟いた声が少しだけ震えているように聞こえた。玄関の明かりは心許なくナルトの表情まで垣間見ることが出来ない。 「……できねえだろ普通」 酔った勢いで強姦紛いの事をして、それを無かった事のように気軽に連絡なんて出来ない。それともそれをナルトが望んでいたのだろうか。冗談だと笑って、全てを無かった事にしてほしかったのだろうか。 「お前にとってオレってなんなんだってばよ。ふざけんなッ」 「ふざけちゃいねえよ。お前はふざけてほしかったかもしんねえけど、違げーから連絡なんかできるかよ」 出来る限りの虚勢を張っているつもりだがシカマルの声も少しだけ上ずる。殴られるだけの事をしたのは認めるが、それ以上にナルトが自分に求めている事が読めない。頭の中が雑然としていて整理する暇もない。 「はッ……バッカみてえ」 吐き捨てる声が闇に消えていく。罵倒なら目が覚めた時にしてほしかったくらいだ。それすらも望まないからナルトは自分の前から消えたのだろうと思っていた。 「お前、怒ってんだろ」 「…ッたり前だろ?フォローの電話かメールくらい―――…」 話していたナルトがいきなり口を噤む。シカマルは不思議な気持ちでナルトを見上げた。ぶつけた小指と切れた口の端がジンジンと痺れて痛くて堪らない。 「いてえ…」 はあっとため息をつくと、ナルトが慌てたように「悪りぃ」と謝ってくる。シカマルは不思議な違和感を覚える。ナルトはブチ切れているがそれは何に対してだろう。 「俺は謝れねえ」 自然と本音が口をついていた。 「は?」 「お前にしたこと」 一気にナルトの顔が真っ赤になる。もう、友達には戻れないのだから。自分の思いにだけは素直になってもう一回くらいパンチをくらってもしょうがないくらいの気持ちでいた。 「そんなん謝ってほしいとか思う位だったらアンナ事しねえって。お前って頭いい癖にめっちゃ大馬鹿野郎だってばよ。つか、今の場合オレのがバカみてえ。もう帰る」 シカマルは無意識に背中を向けたナルトの手首を掴んだ。自分のよりも細いそれをぎゅっと離さない。離せないといった方が正しい。この手を離したら二度とナルトと会う事も出来ないのではないかという畏怖の念がそうさせた。都合の良いようにナルトの態度を解釈したい自分もいる。 ナルトが連絡をしてこなかった自分に対して怒っている? 「お前、朝居なかったよな。俺が起きる前に早々と帰っちまっただろ」 ぴくりと反応するナルトは、それでもシカマルの手を振り払う事はしなかった。 「それは」 「だから逃げられたと思ってた。ンな相手に連絡とかできっかよ」 「オレ言ったってばよ。ぜってーに外せない講義があるから朝早いって」 むっとしたようにナルトが唇を尖らした。 「……講義」 「留年かかってるって説明したって。も…どうしても単位足りねえとヤバイって言ったのに覚えてねえの?」 頭の中が沸騰しながらキスを繰り返して、どろどろに溶けた欲情の狭間での息も絶え絶えのナルトの痴態が頭の中に蘇る。余裕のない自分の様に思い出さないようにしていた記憶の欠片。 「オレとのこと無かった事にしてーのはシカマルの方じゃん」 「やべえ…」 何度も何度も好きだと伝えた。キスの合間に。体をまさぐりながらも。無理やりのようにつながった瞬間も。大切にしたくて優しくしたくて、それでも欲望には勝てずに突っ走ってしまった。 「妄想かと思ってた」 「も…っ?はああ?」 「自分勝手に記憶操作してるつもりだったんだよ。やべえよ」 「なんだってばよ、ソレ……」 ナルトは驚いたように目を丸くしてから破顔した。ナルトの笑顔が好きだ。否、今では泣き顔も好きだ。下半身に直撃するくらいの色香をまとった瞳の色が忘れられない。 「ヤバイくらい嬉しい」 シカマルはナルトの腕をぐいっと引っ張る。 「わっ!」 転げるようにして腕の中に飛び込んできたナルトをギュッと抱きしめる。耳元に唇を寄せるとぴくりと体が揺れる。真っ赤になった耳朶にちゅっとキスをした。 「ちょ、シカマル…オレは怒ってんだって」 「知ってる。すげー情けねえ奴で悪りぃ」 「許さねえ」 「やり直しさせてくれよ。情けねえままじゃ納得いかねえから」 ナルトを抱きしめる腕に力がこもる。ここで彼を逃がしてしまっては数日前の朝と同じことだ。何を思っているのかナルトからの返事はない。ないけれど遠慮がちに彼の腕が背中に回されたのを感じた。 「お、押しかけたのはオレだってばよ」 「お前がいねえと眠れねえんだよ」 ナルトの顔がゆっくりと上がる。そのままシカマルと視線が絡み合う。 「好きだぜ」 瞼がそっと閉じられる瞬間、熱い唇を重ねていた。切れた口の端とぶつけた小指はまだ痛かったがそう感じたのは一瞬だった。
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2015/06/09