爪先2

 

 

 あっ…と隣を歩いているナルトが小さな声を出した。

その視線の先を見たシカマルは、短い息を吐いた。ため息とは呼べない、どこか愛想が尽きたような雰囲気を含んだそれ。

ちょろちょろと歩き回る猫。子猫なのかもしれない。片足を地面に引きずって、尻尾をぷらぷらさせいる。腹の辺りからは内臓が飛び出て血が滴っていた。

猫だったもの、と呼べばいいのだろうか。

「おい、行くぞ」
「…うん」

ナルトの返事は気のないもので、シカマルは改めてため息をついたのだ。

「行かねえのかよ」

「ちょっと待っててくれってばよ、ごめん!すぐに、戻ってくる」

「あんなぁ…お前、」

「先に行っててもいいってばよ」

今にも駆け出しそうなナルトの手首をとった。

子猫だったものを見つけた時から、ナルトのとる行動なんてわかっていた。分かっていたから、眉をひそめてしまったのだ。

引きずる内臓から滴る血が地面に赤黒い道しるべを作る。

ナルトはその後ろをついて歩いた。隣にはシカマル。

暫く歩くと、冷たい塊がある。カラスにでもつつかれたのか、見るも無残な姿になっている塊は、ぬくもりを失って長い間放置されているのかハエがたかっていた。

「……大丈夫だってばよ。ほら、お前はここにいちゃいけないんだって」

ナルトの足に顔をすりつけた猫が、にゃあと鳴く。そっと手を差し出して、顎を撫ぜた。それから、背から腹、慈しむようにナルトが指先を滑らせる。体中についていた傷がみるみる内に消え、痛々しい姿が元のあるべき姿に戻っていった。それから猫を抱き上げると、ナルトは小さな言葉を吹きかけてやる。

静かに目を閉じると、腕の中から猫が光の粒子になって消えた。

 

シカマルは天に昇った魂の入れ物にハンカチをかけて、手を合わせた。

自分たちがやらなくても、近隣住民が保健所に連絡するかもしれない。だが、ナルトは一度かかわった事をほかっているような奴ではないのをよく知っている。

「どうすっかな……」
「悪りぃ、シカマル。オレが家に持って埋めてやるからさ」

さすがに猫の死骸を持って電車に乗る訳にはいかない。公共の乗り物は使えないなぁと考えて、ナルトと猫に視線を移した。

「どうやって帰るつもりだっての」

「歩いてかな、やっぱ」

「……歩いてかよ」

駅に向かう道で姿を見せた猫。車にでもひかれて、そのままにされたのだろう。助けを求めたのかどうかは、聞いていないからわからない。ただ、見えるナルトやシカマルに近づいてきたのは確かである。

「あのままずっと自分が死んだのも分からないままで、歩かせるの可哀相だってばよ」

「お前の言いたい事は分かってるし、責めちゃいねえ」

ナルトは、「もう大丈夫」だとあの猫に言ってやりたかっただけなのだ。
彷徨う魂を導いてやりたかっただけ。

彼は優しすぎると常々思っている。シカマルはそんなナルトは生まれた家を間違えたとも感じるのだ。幽霊だとかお化けだとか、そんな風に揶揄されるものに関わる事を生業にした家柄。シカマルも同じ血筋の家に生まれているが、一度仕事に入ったら感情を殺す事をきつく小さな頃から言い含められてきた。つけ込まれるを与えることは、自分の生死に直接関わる。

「俺、今日バイクだから……送る。ここからなら、俺んちのが近いからウチの庭でも構わねえぞ」

「サンキュ! とりあえず、なんかコイツを入れる袋とか必要だよな。さすがにこのままじゃ……」

嬉しそうな笑顔にシカマルはきゅっと胸を締め付けられた。

ナルトの喜ぶ顔を見るのが好きだと、そう思い始めたのはいつだったのか。

好きとか嫌いとか、不確かな感情を抱く前から付き合いがあるから気が付くのが遅かったのだが。

近くにあったコンビニに訳を話すと、ビニール袋を分けてくれた。その中に猫の躯を入れた。ありがたいことに汚れた手も、そのコンビニで洗わせてもらえることができた。

礼を言って自動ドアをくぐると、パトカーと救急車がものすごい勢いで目の前の道を通り過ぎた。

「……事故かなんかかな?」

見上げてきたナルトにシカマルは首を傾げる事で答える。二人して肩を並べて歩いていると、こそこそと話す声が嫌でも聞こえてきた。

 

「自殺らしいわよ?」

「あのビルの屋上は閉鎖してるんじゃなかった?」

「そうなのよねぇ。 でも、即死だって話よ」

「いやねえ」

 

ナルトは俯いて、その話を聞いている。

その頭をシカマルがぽんぽんと撫ぜた。

「死にたくねえのに消える命もありゃ、簡単に自分の命放り出す奴もいるんだ。誰でもいつか死ぬのにな。お前も俺も、いつか死ぬってのに……」

「そうだよな…」

もし与えられた寿命が最初からわかっていたら、人は発狂してしまうのではないだろうか。分からないからこそ、生きていけるのだと思う。それでも、時間を重ねると言うことは死に向かって時を刻んでいるということでもある。

今と言う瞬間にも、世界のどこかで望むことなく命を失っている者がたくさんいる。

「お前も、時々自殺願望あんじゃねえのかって心配なるけど」
「はあっ? オレはンな事しねえってばよ!!!」

「自殺行為は履いて捨てるほどある」

「いつも、迷惑……かけて、悪りぃ」

頼られる事が嬉しいのだから、迷惑だなんんて思わない。少しずつ、彼の思考の中に自分が浸食すればいいと思っている。狂気と背中合わせのような感情。知られてはいけないから、気のないふりをしているのだ。

「別に、そんな風に思っちゃいねえよ」

「それでも、ありがとだって」

「んじゃ、その言葉は受け取っとく」

納得できる理由なんていらないから、命のある間は彼のそばにいたい。ナルトが心の隅っこでそんな事を思っているとはシカマルも知らない。ナルト自身にもその感情は不確かなまま。二人の出会いが、もっと違ったものならば、違う感情が存在していたのかも不明である。

 

黙ってしまったナルトの頭を、シカマルがもう一度優しく撫ぜた。

 

 

 

 

日記SSより移動 2015/06/05