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 玄関を開けて、サンダルを脱ぐ。ふうっと溜息が零れたのは、任務からくる疲労のせいだけではない。いきなり降り始めた雨に傘など持っているはずもなく、急いで帰路に着いた。

「あら、おかえりなさい。今タオル持ってくるわね」

シカマルの気配に気がついたヨシノが珍しくにこにこと笑顔を向けた。

「…ただいま」

 タオルを持ってくると言われて、濡れたままで家へ上がるのが躊躇われた。ヨシノが戻ってくるのを待ち、そのまま風呂へ向かう。タイミングよく湧かされていた浴槽へ浸かると、もう一度溜息が零れる。

 これは先程のものとは別で、熱くもない温くもない適温の湯が肉体的な疲れに沁み込んでいく事への安堵感。気が休まると言うか、ほっとしてしまった。

「…ったく、ついてねえな」

 怪しい雲行きは朝からであったが、まさか任務後に降られるとは思っても居なかったのだ。

 気持ちが疲れている。どっと押し寄せるように、意味もなくやってきた何かにシカマルは無意識の溜息をついてしまう。長湯をする気にはなれず早々と湯槽から上がった。

 長い黒髪から零れる雫をタオルでごしごしやりながら、縁側に腰掛ける。

 そのまま天の恵みが降り注ぐ庭の景色をぼうっと見つめた。

 右手には冷たい麦茶。左手には知らぬ間に灰になる煙草。短くなったそれを灰皿に押し付けて、また新しく火を点けようとする。だけれど、最初だけ口にしてあとは灰になってしまうのだ。ふっとバカらしくなって火を点けるのを止めた。

「……なんだってんだ」

 呆けるのも大概にしたい。自分自身に飽きれてしまう。

「ホント、情けねえ」

 最初から理由なんて分かっているのだ。ただ、気が付いていないフリをしたかっただけ。庭では色づいた紫陽花が雨に打たれている。その光景がとてもきれいに見えて、脇からひょっこりと恋人が顔を出すのではないかと期待してしまった。だけれど、穴が開くほど眺めてみても望んだような結果は訪れない。

 シカマルは少しだけ空しい気持ちを胸に腰を上げた。

 

 

 

 降り続ける雨が傘に打ち付ける。先程までは激しく降っていた雨粒も、今は僅かに緩くなっている。ぷらぷらと歩きながら左手に持った紫陽花が目に入る。花切鋏を持ち出した息子に驚いていたヨシノだったが、すぐにその意図に気が付いたのか笑われてしまった。

 最初は薄緑だったガクが白へ変わり、赤、青と変化を遂げる。七変化とは上手く言ったもので日常の中で楽しめる花だ。自分よりもきっと花や植物が好きなナルトを思うと、笑みが浮かぶ。

 日に日に変化する紫陽花を庭で見つめながら、その風景に彼を期待する毎日。心のどこかで望んで、いつかその望みが本当になるのではないかという淡い期待。

 傘を畳むとぼたぼたと雨粒が地面に落ちる。温まったはずの体温が冷えた感覚。ナルトがアパートにいる確率はイーブン。否、それに満たないのかもしれない。それでも、何かをまだ“期待”する気持ちは捨てきれない。往生際が悪いような自分に苦笑しながら、古びた階段を上がった。廊下をぼちぼち歩きながら、目的地に到着した。

 押し慣れた呼び鈴。

 一回押すが返答も気配もなかった。

「……いねえか」

 合鍵は持っているので、中でナルトを待てばいい。そう思いつつもしつこく呼び鈴を鳴らしてしまう。慌てたような足音が聞こえて、扉の奥からひょこっと顔を覗かせてくれないだろうか?金色の髪が揺れて大好きな彼の青い瞳で見つめられて、ついでに自分を見て笑ってほしい。

 シカマルは心の中がほっこりと温まるのを感じた。ゆっくりと温度を取り戻して穏やかになる感覚だ。不思議とナルトという存在を感じる時、こういった安堵感に包まれる。

 出直そうと踵を返した所で階段を上る足音が聞こえる。シカマルは耳をすましながら、足音が近づくのを待った。そして、期待を裏切らない彼が現れた。

「あっれえ…?」

 目を丸くしてシカマルを確認したナルトが小走りに駆け寄ってくる。

「シカマル、どうしたんだってばよ。鍵……」

「忘れた」

「えええ〜っ!オレが帰って来なかったらどうするつもりだったんだってばよ」

 ふふっと柔らかい笑みを見せるナルトにシカマルも口元に笑みを乗せた。

「今、帰ろうかと思ってたとこ」

「ま、マジ?ちょっと待てってばよ、今開けるから―――――――し、シカマル?!」

 ごそごそを鍵を探し始めたナルトを無意識に抱き寄せている。逆らわず腕の中に納まった身体をぎゅっと抱きしめた。

「濡れてんな」

「雨、降ってきて……」

「俺も帰りに降られたぜ?」

「……シカマル」

 ナルトの腕がシカマルの背中に回される。

「濡れてねえってば」

「家帰って着替えたからな」

「着替えてから……オレんとこ、来たの?」

 そっと離れるナルトに寂しさを感じながらも、至近距離で自分を見上げてくる瞳をじっと見つめる。それから持っていた紫陽花をナルトにかざした。

「お前がちっともウチに来ねえから、こいつの盛りが終わっちまうからな」

「あ、じさい?」

「ああ」

「これ、オレに届けてくれたのか?」

 小首を傾げるようにして見上げるナルトが愛しくてしょうがない。心が震える瞬間があると言うならば、その一瞬が今存在している。ナルトは照れたように頬を染めながら、鍵を差し込んで扉を開けた。ナルトの身体をさらうようにしてもう一度抱きしめながら、開けられた扉を閉めた。もちろん邪魔が入らないように鍵も閉める。

「シカマル!オレ、濡れてるからシカマルも濡れ………」

「構わねえ」

 欲しい。曖昧にナルトという存在が欲しくて、唇を塞ぐ。冷えた唇の隙間から口内に舌を滑り込ませ、躊躇しているナルトのそれに絡める。貪るように口唇を求めながら、自分が満たされて行くのを感じる。

「…シカ……」

 キスの合間に漏れる声が、自分だけを求めている存在が愛しくてしょうがなくて。

「ナルト、会いたかった……」

 だから、素直に本心を晒す事が出来る。

 理由を作って、自分を誤魔化して、埋める事のできない空間を埋めるためにここまでやって来たのだ。

「シカマル」

「お前に、会いたかったんだ」

 同じ空気を吸って、同じものを見て、同じ熱を感じ、共有できる全てを二人で分かち合いたくて。

「オレも……同じだってばよ」

 シカマルの首にナルトの腕が巻き付く。そのままぎゅうっと抱き付かれる。

「オレだって……シカマルに会いたかった」

 へへっと笑ったナルトは「会いたかった…」ともう一度、シカマルに囁く。それからは自然の流れなのか、二人の気持ちが重なったのか、もつれるように抱き合う。

 

 

 窓際に飾られた一輪挿し。

 紫陽花が太陽の光に照らされ、鮮やかに咲き誇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨の頃に書き始めたSS(笑)

いま秋ですけど、気にしないでください…”/(**)

いつも思うんだけど、シカマル主体で書くと大抵話が短いです。

ちょっと疲れるとね、好きな人のそばにいたくなるよね〜という話。

↑解説みたいな。

今年も紫陽花がキレイだったんです〜。それで書こうとか思った話です。