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FULL MOON〜月夜と線香花火〜
太陽が落ちると、昼間は未だ夏のような気温がぐっと下がる。 ヨシノが入れてくれた風呂で汚れた身体を清め、毎回のようにシカマルに着せてもらう浴衣。 「サンキュだってばよ」 「気にすんな」 シカマルとて楽しいからやっている。たとえ、頼まれなくても。 「今年は最後になるかもしれねえな…」 襟の辺りを正しながら、夏の終わりを忍ぶような笑みをシカマルが見せた。 「最後って、浴衣のこと?」 「ああ、季節的にな」 「なんか、すげー残念ぽく聞こえるんだけど?」 見上げた間近の顔。口元がにやりと笑みを浮かべている。金色の髪に隠れる耳に、シカマルがそっとキスを落とした。 「浴衣姿のお前とやんの、めっちゃそそられる」 ちゅっという唇の音と一緒に響いた言葉にナルトの頬が真っ赤になった。 「……バっカじゃねえのっ!」 頬を膨らませ睨みつけてくる青い瞳にもシカマルはひるむことはない。いつも通りの不敵な表情のまま。焦って憤慨している自分の方が反対に情けなくなってしまうくらいに堂々とした彼に溜息を付いた。 「も…少しは否定するとかさぁ…」 「バカは焼かねえと治らねえだろ? てめえのバカさ加減は自覚してるってな」 「ホントにバカ」 ナルトは腕をシカマルの首に絡め、彼に抱きつき唇を寄せた。シカマルの腕もナルトの身体を抱いている。腰を抱き寄せ、柔らかい金糸に指を絡め口づけを楽しんだ。 食事や風呂を済ませられたのはヨシノのお陰だ。彼女の万端な準備で、何の苦労もなく現状に至る。事の始まりは、彼女が商店街でもらってきたという手持ち花火にナルトが誘われたのだ。シカマルは帰宅して、ナルトが居る事に驚きながらも正直喜びを隠せなかった。おせっかいな母親に感謝したいくらいに。 「さてと、母ちゃん待ってるな」 「へへっ…月見団子もあるってばよ」 たまたま非番で買い物に行った先で、ヨシノから月見の誘いを受けた。シカマルが任務で居ない事は知っていたけれど、「こんなもの、もう楽しくない年よねぇ」とヨシノに花火を見せられたのだ。そんな事はないと飛びついてしまったナルトだが、ヨシノやシカクとお茶を飲んでいる時にシカマルが帰宅した。彼の驚いたような顔を見て、奈良邸へ図々しく遊びに来たことに幸運を感じてしまった。 照明の落とされた廊下を指先だけを絡めて歩く。 「先にやってんのか?」 「おお、悪りぃな」 縁側に腰掛けているシカクはお気に入りのお猪口に口をつけていた。 「月見が先か酒が先か分かんねえな、親父は」 「馬鹿言ってろって。 月も酒も愛でてんだよ」 「ったく、減らず口」 聞きなれたシカマルとシカクの掛け合いをナルトは微笑ましい気持ちで見てしまう。仲がいいのか悪いのか、最初はこの親子の会話にビクビクしたものだ。お互いの照れ隠しなのか、それとも素なのか……飾らない会話がコミュニケーションの一つだと気が付いたのは随分と後の方だったような気がする。 「ナル坊も座れや、酒はどうする?」 「あ〜…あんがと、おっちゃん。 じゃ、少しだけもらおっかな」 「はい、ナルトくん」 ヨシノから差し出されたお猪口を手に取るとシカクが酒を注いでくれる。 灯りのない縁側。否、必要がないと言った方がいいのだろう。空には、大きな月が眩い光を放っている。 「綺麗な丸だって!シカマル」 「そーだな」 中秋の名月と十五夜が重なった夜は、その幻想的な光を酒の肴にするのが乙というものかもしれない。それでも、ヨシノが用意してくれたつまみも皿に盛られていた。 「おいしいってばよ」 ぺろりと舐めるようにした酒は少し辛口。隣に座ったシカマルは満足そうに猪口に口をつけていた。 「のみすぎんなよ?」 「わかってるってばよ」 嫌いではないが飲みすぎると意識が飛んでしまうのが難点である。だから、おいしいと思う程度で酒は止めて、月見団子に手を伸ばそうとして本来の目的を思い出す。せっかく月見をしていると言うのに、月を見ないのでは申し訳ない。 緑の多い庭には秋の虫の音が聞こえる。夕方見た月は大きくて丸くて本当にきれいだった。その月も南寄りの東の空へ上っている。手を伸ばしても掴めない光だけれど、狭くない庭を照らす優しい月明かり。 「おばちゃん、すごいキレイだってばね」 「そうね。こんなにのんびりとお月様を見上げるのもいいわね」 「うん」 一人でなく、こうやって温かい輪の中の一人としていられる事に心から感謝している。言葉に現しきれないくらいの感謝。シカマルは気にするなと言うけれど、与えられる事に慣れてしまうのは嫌だった。だから、他愛のない事でもちゃんと言葉にして相手に伝える事にしている。 「団子も美味いってばよ。これ、おばちゃんの手作り?」 「これは贔屓にしてる和菓子屋さんに作っていただいてるのよ。お土産に包んであるから、ナルトくん忘れずに持って帰ってね」 ヨシノのいつもの心配りに、ナルトはへへっと笑う。一口サイズの団子はほのかに甘くて美味しい。 「花火しようって、シカマル」 彼の手を取ると、シカマルはお猪口を盆の上に置いてしょうがないと言うように立ち上がる。一人でやってもつまらない。ビニールのパッケージを空けて花火をばらすと、シカマルが用意したろうそくに火をつけてくれた。いつになっても子供っぽいと思われているのかもしれない。苦笑したシカマルに一つ持たせて、自分も花火の先に火をつけた。 ぱちっと一瞬鳴ってからシュッっと火花が散った。金色に交じる赤の光。じっと見ていたら思ったよりも終わってしまったそれに少しだけがっかりする。そんなナルトの姿を見ていたシカマルが、新しいものを渡してくれた。 「なんか、久しぶりにやる気がするってばよ。 まだ、アカデミーの時にさ…公園でやったっけ?キバとかチョウジと一緒に」 「ああ…そんな事あったなぁ。思えば俺もそれ以来やってねえかも」 少ない小遣いをはたいて持ち寄った花火を、ぎゃあぎゃあ言いながらやった思い出。最近はそんな風にバカみたいな時間を過ごす事も少なって来た。 「ほら、くだらねえこと考えてねえでどんどんやれよ」 「えっ? ンな事…」 心の内を読まれたようで気恥ずかしい。シカマルに持たされた花火にはすでに火がついている。 「わっ…もう!火傷すんじゃんっ」 「ボケっとしてるからだろ?」 風下にいたナルトは思い切り煙を吸い込んで、ゲホゲホと咳き込む。目にも煙がしみて、思いがけない涙がぽろりと零れた。立ち上がってごしごしと目元を擦っていると、無言のままのシカマルと視線が合った。 「なに?」 「…ンもねえ」 「最悪だってばよ、めちゃ喉痛てえ……」 「大丈夫か?」 覗き込んできたシカマルの表情が優しくてどきりとする。いつもみたいに、バカだとかからかわれるとか思っていたからその反動は大きい。 「大丈夫、ちょいイガイガするような気ぃするけど……うん、大丈夫」 「なんか、あっちゅう間だな…」 手持ち花火は底をついている。点火してから燃え尽きてしまうまで、そんなに時間がない。だから、どんどんとやっていると二人で消化していて、すでに残りはほとんどなかった。 「ホントだ! おっちゃん、おばちゃん悪いってばよ。花火、オレとシカマルだけでやっちまった!!」 慌てて自分たちの前にやって来たナルトに、シカクもヨシノも吹き出して笑う。ナルトが楽しんでくれたらそれでいいのだ。 「別に、なぁ…母ちゃん」 「ナルトくんったら、気にする必要なんてないのよ?」 「でも、あとこんだけ」 ナルトが差し出した線香花火にヨシノがくすりと笑う。 「あら一番風情のあるのが最後に残ったのね。お父さん、せっかくだからやりましょうか」 「しょうがねえなぁ…」 下駄を引っかけておりてきたシカクに花火を渡すと、「負けねえぞ!」とにやりと笑われる。 細いこよりの先に火を灯す。じっとしていると、パチパチッと特有の音が聞こえてくる。先に少し大きい火の玉。繊細な光を見つめる事に必死になって、特に会話はない。 「きれいね…」 そこでぽつりとヨシノが呟く。 「風情か……、母ちゃんの言う通りだな」 激しさがないのではなく、壊れやすい中に秘めた激しさがある。激しく火花を散らしたかと思えば、すぐに静寂を迎え、時折パチッと鳴って暗闇に浮かぶ花。 ぽとん、と玉が落ちるのはあまり差がなかった。誰かが溜息をついたような気がする。 「キレイだったってばよ」 隣のシカマルを見ると同じ気持ちなのかふっと口元に笑みが落ちた。バケツの中には殆どを二人で消費した花火が水の中に沈んでいる。 月明かりに、虫の音が響くだけの庭。夏の終わりは迎えているのに、それに名残を感じてしまうのはなぜだろうか。ナルトは立ち上がると、そろそろ帰る旨をヨシノに伝える。最初は泊まっていかないかと言われたのだが、丁重にお断りしたのだ。 「本当に今日は楽しかったわ」 「そうだな、ナルトが居ると華やぐからなぁ」 「はなやぐ?」 シカクの科白に首を傾げると、シカマルが眉を顰めている。 「悪かったなぁ……華がない息子でよ」 「ついでに感動も薄いし反応も悪い。親としちゃ手のかからないガキだが、楽しみはねえな」 きっぱりとしたシカクの言葉にヨシノがくすりと笑う。お土産にと包まれた月見団子を手にしながら、ナルトも照れくさそうに笑った。 「九月の十三夜の月見にも来いよ、ナルト」 「九月? ……十三夜ってなんだってばよ」 「十五夜と一緒でお月見をするのよ。旧暦の九月の十三夜、もちろん中秋の名月と並ぶくらい綺麗なお月様。今年は十月九日になるから、ナルトくん次こそは泊まりでいらっしゃい」 任務の都合でどうなるかわからないが、またこんな風に月見をするのも悪くない。なるべく都合をつける約束をすると、ヨシノが嬉しそうに笑った。 「……そんで、なんでシカマルが居るんだってばよ?」 帰り道、ナルトは一人でなかったのだ。 何故か隣にはシカマルがいる。 「お前が酔っぱらってるから、見送り」 「はっ? 酔っぱらってなんかねえってばよ。あんま酒も飲んでねえって……… あ」 これは口実。そうだと気が付いて口を噤む。 「フラフラするお前の事ほかっとけねえだろ? ま、ナルトんちに泊まるかもしれねえって母ちゃんには言ってあるしな」 「……―――― あ、っそう」 嫌じゃない。反対に嬉しい。開いている右手でシカマルの手を探す。指が絡まるだけの触れ合い。真っ暗な夜道で二人の間を憚るものはなにもない。 「そういや喉はいいのか?煙吸い込んだって言ってただろ」 「あー…いいみてえだけど」 「よかったな」 言葉は少なめだけれど、絡めただけだった指先をきゅっと握られて頬が熱くなる。胸の鼓動と一緒に奥の方で熱くなる感情。 「………泊まってく?」 消え入りそうな小さな声にシカマルがふっと笑う。 「当たり前だろ、送りオオカミにならねえでどうするよ?」 「やらしー言い方」 「うるせえなぁ」 きっと憎まれ口を叩きながらも照れた表情を隠している。お互いに探り合うように会話をしながらも核心に近づく感覚が好きだ。 「それにしても、十三夜とはやられたな」 「そう言えば……もっかい月見すんだよな?」 「そりゃいいけど、日にち聞いてなんとも思わなかったのかよ?」 「なにを?」 抜けているナルトの思考にシカマルが溜息を付く。 「泊まってけって言ってただろ?お前、分かってんのかよ……誕生日の前日だろうが」 「十月……九日。 そう言えば……」 本当に気が付いてなかったのかと呆れた顔で顔を覗き込まれる。 「にやついてんな?」 「ん、ま…おばちゃんたちの気持ちが嬉しくないって言ったら嘘になるから」 「しょうがねえなぁ」 掠め取られた唇。 触れるだけだった唇が熱い。もっと彼を感じたいと思う貪欲な感情が生まれた。 思わず足早になる帰路、きっと二人の気持ちはもう重なっている。
ナルトは最後に見た線香花火を思い出した。 儚いようで、その中に秘められた凛とした花の残像。
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お月見話ってか、お月見した夜の話になってます(汗)
奈良家とシカナルを書くのは好きです。
もちろんシカナルで書くのも大好き!
つか、ナル誕の布石がここでできてしまったっ!!