出逢い

 

 

「あら、いらっしゃい。今、シカマルは出かけてるのよ。中で待っててちょうだい」

 ヨシノがにっこり笑うと、玄関の前に立った少年は困ったような顔をした。いや、困惑していると言ったほうが正しいのかもしれない。木の葉には珍しい金色の髪と、青い瞳。アカデミーで息子の同級生であるうずまきナルトは、この里で知らない者がいないほどの有名人だ。ヨシノは、シカマルが悪戯をしたことでアカデミーに呼び出しをされた時、初めてナルトの顔を見た。その存在は以前より知っていたけれど。

「あ…でも、おばちゃん」

「私がシカマルにお使いを頼んだの。すぐに帰ってくるわ」

 まだ小さな腕を引っ張ったヨシノは、驚いた表情のナルトを無理やり家の中に招き入れると、椅子に座るように進める。

 そして、テーブルの上にジュースの入ったグラスをとんと置いた。

「ありがとうだってばよ!」

 嬉しそうに少し照れたように笑った顔を見たヨシノは、自然と自分も嬉しくなる。悪戯坊主であるナルトも、子供らしく笑うではないか。九尾の妖狐が封印されているなんて微塵も感じさせない笑顔で。

 

 

◆◆◆

 

 

「こんにちは」

 明るい声に、奈良ヨシノは顔を上げた。声の主を確認した彼女は、手元の本をパタンと閉じる。マタニティ教室で何度か目にしたことのある容貌は、すっかり変わっていた。自分同様、お腹のふくらみは大きくなっている。

「こんにちは、今日は検診ですか?」

「ええ。臨月に入ったばかりで…なんだか、身体が余計に重くなったみたいなの」

 笑みを称えた彼女は、ヨシノの隣に腰を下ろす。

「ふふ…私も。すっかり、お腹が大きくなっちゃったわ」

「そう言えば、予定日はいつ?」

「九月末の予定なんだけど、どうなのかしら。初めてのことだらけで、予測不可能だわ。あなたは?」

「私は十月の初めの予定日。よく考えれば、私たちの子供、同級生になるのね」

 木の葉病院、産科。

 秋の気配を見せ始めた木の葉は、日中はまだ暑いくらいだ。診察を待つ妊婦で埋め尽くされた待合室は、今日も賑やかである。当たり障りのない世間話に、夫への不満。それに、生まれてくる子供に対する期待など、それぞれが話に花を咲かせている。

「男の人って気が早いのよね。もう、名前まで決まっちゃったわ」

 ヨシノはくすりと笑う。どこの家庭も似たようなものである。ヨシノの夫であるシカクも、すでに生まれてくるわが子に胸を膨らませており、毎日大きくなるお腹を見つめては嬉しそうなため息を漏らしていた。

「私も夫も、生まれてくる子を男の子だと決め付けているの。名前を決めたのはいいけれど、女の子だったらどうしようって、ちょっと思うの」

「あら。先生に聞いてないの?」

「楽しみは取っておきたい主義なのよ」

 ふふっと笑った笑顔が、少女のようである。ヨシノは担当医から、子供の性別を聞いていた。シカクが指摘したとおり、男の子である。妊娠してから、元来の性格がよりきつくなったとぼやく夫は、生まれてくる子を男の子だと決め付けていた。だから、子供の性別を耳にしたとき「そんなに私はきつくなったのか?」と、少し心配もしたのだ。

 ガラリと開いた扉の向こうから、看護師が声を上げる。

「うずまきさん〜うずまきクシナさん!診察室にお入りください」

その声に反応した彼女は、すっと立ち上がった。

「やっと、順番みたい。次に会うときは、小児科かしら?」

「そうね」

 ヨシノは彼女の名前をすっかり忘れていた事に気が付く。木の葉では珍しい、うずまきと言う性。確かに耳にしたことがあるのに、看護師の声を聞くまで名前すら気にしなかった。

「クシナさん!」

 ヨシノは、どうしてか声をかけていた。それに振り返ったクシナは不思議そうな顔をしている。

「ねぇ。名前…決まっているなら教えてくれない?」

 クシナは合点がいったような顔をしてから、大きくなったお腹を撫ぜる。

「ナルトって言うの」

 笑ったクシナの笑顔は幸せそのもので、ヨシノも自然と明るい気持ちになる。軽く会釈をしたクシナは、診察室の向こうに消えていった。

「うずまき…ナルトくんか」

 ヨシノは呟いてから、シカクにすでに決めてしまったであろう子供の名前を聞いてみようと、ふと思った。きっと、わが子とクシナの子供は仲良くなれる…そんな風に感じながら。

 

 

 九尾の妖狐が木の葉を襲ったのは、ヨシノが出産を終えて間もなくの事だった。

 シカクが疲れた顔で帰宅したのを見て、ほっとする。戦死者に知った名前を耳にしていたヨシノは、九尾と戦うシカクが毎日心配で仕方なかったのだ。この里の住民誰もが、家族の事を心配する毎日であった。

「あなた!」

 シカクは、心配そうな顔をしたヨシノをぎゅっと抱き締める。

「どうしたの…?」

 その身体が震えていることに気が付いて、ヨシノの声も怪訝なものに変わった。

「妖狐は…?」

「今は…心配するこたねぇ」

「どうゆう事?」

「四代目が……妖狐を封印した。その封印が解けない限り、九尾は木の葉を襲うこともねぇだろ」

「火影様は…」

 ヨシノの問いかけに、シカクが頭を横に振る。

「そんな!四代目様が…嘘でしょう?」

 歴代の火影でも群を抜いてその才に恵まれた男。その火影が、戦士したと言うのか。

「母ちゃん。…喪服、出しといてくれや」

 シカクとヨシノは、いきなり泣き出したわが子に驚いて顔を見合わせる。火がついたように泣き出した子を、慌ててヨシノが抱いた。

「…どうしたのかしら、シカマル」

「こいつにも分かるのかもしれねぇな…」

 やっと、この里に平和が訪れたこと。そして、その犠牲の大きさ。シカクの手が、シカマルの頭を撫ぜる。

「シカマルよぉ…泣くんじゃねえ。男だろ」

「…赤ん坊は泣くのが仕事なのよ。男とか女とか関係なくね」

 ヨシノの言葉も歯切れが悪い。不運とは、どうして重なるものなのか。妖狐の出現に、四代目火影の戦士。思わず暗いため息をついて、腕に抱いたシカマルの背をトントンと叩く。

「あなた…封印って、どうゆうことなの?」

 シカクは暗い顔を余計に曇らせて、深いため息をついた。ヨシノは落ち着いた様子のシカマルをベビーベッドに戻して、夫の顔を見つめる。

「九尾の妖狐は、生まれたばかりの赤ん坊に封印されたんだ。その子の中の妖狐がいつ暴れだすかなんて、誰もわかりゃしねえ…」

「なんですって!」

 急に大きな声を出したヨシノに、シカクが驚いた顔をした。

「どうした…?母ちゃん」

「生まれたばかりって、どうゆうことなの?そんな…」

 シカクはこの話を妻にしたくはなかった。けれど、誰かの耳から必ずヨシノにも知れてしまう。出産を終えたばかりで子育てに追われるヨシノに余計な心配をかけたくなかたのも確かだ。ヨシノも同じ子供を持つ母親として、信じたくなかった事実だろう。

「この事は…三代目から、厳戒令が出されてる。その子供が、妖狐を封印されたとわからねぇようにな。でも、噂話ってのは、嫌でも耳に入ってくるもんだ。木の葉で、その子を知らねえ奴は、いなくなるからな。母ちゃんにも言っとく。その子供の名前は、うずまきナルト」

「え…?」

 ヨシノは耳を疑う。

「うずまき…ナルト?」

 初めて聞いた名前ではない。ヨシノはその事にひどくショックを受ける。ぱっと目に入ったカレンダーで日付を確認した。

 

――― 十月十日。

『私は十月の初めの予定日。よく考えれば、私たちの子供、同級生になるのね』

 

『次に会うときは、小児科かしら?』

 

『ナルトって言うの』

 

 明るいクシナの笑顔を思い出して、思わず膝を折る。そして、自然と流れてきた涙が、床に落ちた。そんなヨシノを不思議に思ったのか、シカクが心配そうな顔つきになる。

「どうした…?ヨシノ」

「ナルト…くんの、ご両親は…?」

 シカクは、分からないと言ったように首を振る。

「どうして!」

「重要機密なんだ。俺にだって、分からねぇ…きっと知ってんのは、この里でも数える程の人間でしかねえだろ」

 責めるようなヨシノの言葉に、シカクは困ってしまう。

「あなただって、人の親なら分かるでしょう?子供を手放す、親の辛さくらい…まして、生まれたばかりなんて!」

 シカマルを生んだばかりのヨシノは少し、神経質になっている。シカクはそう思った。だけれど、ヨシノの口からナルトの母親の事を聞いて、そうでない事を知る。

「…そうだったのか」

「あんなに幸せそうだったのに」

 生まれてくる子供の事を話すクシナは、本当に穏やかな顔をしていた。誰も彼女の幸せを奪う権利はないのに、彼女の犠牲の元、木の葉に平和が訪れることになろうとは。

「私たち、何ができるのかしら?」

「わからねえ…何も出来ないかもしれねぇしな」

 彼女の犠牲を忘れないこと。

 ヨシノは自分が出来る唯一の事だと思い、流れる涙を拭った。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ナルトくん、勉強はちゃんとしてる?」

「う…。そ、それは…してるってばよ。シカマルも教えてくれるし!!」

「悪戯ばかりしてちゃダメよ」

 ナルトは返す言葉に詰まって、目の前のジュースに口をつける。一口、口に含んだナルトの顔が不思議そうな表情に変わった。

「あれ…?オレンジジュースの味がしないってば」

「それは人参で作ったジュースよ」

「えええ!」

 驚いたナルトはまじまじと、オレンジ色の液体を見つめた。

「ニンジンって…ジュースにもなるんだ、ってゆうかオレってばニンジン嫌いなのに飲めるってばよ?」

「野菜もちゃんと食べなきゃダメなのよ。だから、ナルトくんは身長が伸びないの」

「ちゃんと、牛乳飲んでるってば…」

 言い逃れるようにポツリと呟いたナルトは、もう一度コップに口を付けた。

「やっぱ、おいしいってばよ…」

 まだ小さな子供の心配をする親のような眼差しで、ナルトを見つめる。

「他に嫌いな食べ物はあるの?」

「こいつは、野菜全般ダメだぜ。三食ラーメン人間だからな」

 ナルトは急に聞こえた自分の非難に顔を上げた。

「シカマル!」

 ナルトの声は少しだけ恨めしいものになっている。言葉にするなら「余計なことは言うな」という所だろう。シカマルはビニールの袋をヨシノに渡すと、ナルトの隣に座った。

「あら、そうなの?」

 ヨシノは、少し呆れたようにしてからナルトの前に人差し指を立てた。

「今日は、晩御飯食べていきなさい。ナルトくん」

 ヨシノの考えを咄嗟に理解したシカマルはけらけらと笑った。腕をまくった母親は、ビニール袋を手に台所へ消えていく。

「今日はラーメンお預けだな、ナルト」

「……え?」

「しかも、大嫌いな野菜をたらふく食えるぜ?」

「ええ!?」

 ナルトの顔から、さーっと血の気が引いた。

「そんなの、ノーセンキュだってばよ!」

「母ちゃんには逆らわない方がいいぜ〜。張り切ってるし」

 ナルトはヨシノの鼻歌が聞こえて、シカマルの言葉が嘘でないことを知る。

「そんなぁ…」

「女に逆らうのはめんどくせぇ事になるし、特に母ちゃんは要注意だ」

 シカマルの声は微妙に面白がっている節がある。ナルトはじとっとシカマルを睨みつけた。

 

 

 

 

 シカマルと話すナルトの声が聞こえて、ヨシノは「やっぱり…」と思う。

 きっと、自分の子供とクシナの子供は、仲良くなれると思っていたのだ。なんせ、お腹に居るときからの付き合いなのである。それに、あのクシナの子供だ。いい子でない訳がない。

「偏食家は考え物ねぇ…」

 それでもヨシノの声は嬉しそうである。その顔には自然と笑みが浮かび、人参を刻む手もリズミカルになっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

シカマルとナルトの誕生日が近いので、

ヨシノとクシナが顔見知りってアリだよなぁ…って思って。

奈良一家大好き!!

それぞれの出会いって事で、タイトルもそのまま(笑)

前後には、ちょっとシカマルとナルトをくっつけてみました。

なんか、トッピングみたい。

ウチでは、この設定でずっといくと思います。