不妊

 

 

 

青と白

 

 

広がる空の青に、浮かぶ白い雲。その自然なコントラストに、気持ちが安堵する。不思議だと思った。小さな頃から、こうやって訳もなく空を眺めるのが好きだった。何も考えなくてもいいのがいい。誰にも邪魔される事のない、絶対の色がいい。

 草の上にゴロリと寝転んで、ただ空を見ているだけで、ただ時間が過ぎていく。

 …はずだった。

「なにしてるってばよ?」

 自分と空の間に突然やってきた邪魔者は、邪魔者の自覚もなくにんまりと笑った。

「…なんだよ」

 シカマルは面倒臭そうに口を開いた。事実、面倒くさいと思っている。

「質問してるのは、俺だってばよ」

「……ったく、めんどくせえな」

 一応、近づくなオーラを放っているはずだが、目の前の彼にはそれも効かないらしい。

「昼寝」

「嘘つけ〜!シカマル、目ぇ開けてたんじゃん」

「…めんどくせぇ」

 口癖が思わず零れる。

「暇してるんだったら…」

「してねぇし!」

 覗き込んでくるナルトは笑顔のままだ。マイペースな所は、シカマルと十分に張り合える。じっと自分を見つめてくる瞳に、ため息をついた。

「わぁったよ。相手してやるから」

 シカマルは腕をナルトの後頭部に回すと、ぐいっと力を入れる。驚いて見開かれる瞳。そのアオに吸い込まれる前に目を閉じた。すぐに唇に触れた温もりに、無意識に口元が緩む。

 体制を崩したナルトは、シカマルの頭の両脇に腕をついてバランスを保っているようだった。だから、わざとぺろりと唇を舐めてやる。

「わっ!」

 驚きついでに声をあげるなんてことはシカマルの予想範囲内だから。当たり前のように深く唇を味うため舌を挿し入れる。

「んっ…ん〜!」

 抗議の声が聞こえたが、シカマルはそれを無視した。最初に自分の時間を邪魔して来たのはナルトなのだ。これくらいの特権は自分に与えられてもいいはずだ。逃げるナルトの舌を自分のそれで絡め取り、歯列を割るようにして口内を支配する。ナルトの指がぎゅっと上着を握り締めた所で、ようやく唇を開放してやった。

 そっと目を開けると、潤んだ瞳で自分を見つめる顔がある。大きく肩で息をつきながら、ぱしぱしと瞬きを繰り返した。その拍子に瞳に溜まっていた涙の雫が、シカマルの頬に落ちる。

「息できねぇし!」

「ばぁか、鼻でしろってんだよ」

「余裕…ねぇってばよ」

 一気に顔を真っ赤にしたナルトが困ったように眉を潜めた。自分の言葉に赤面している所が妙に面白く感じる。シカマルが腕の力を緩めると、すぐに視界の中からナルトの姿が消えた。だが、気配は頭の上にある。自分の頭の上で胡座をかきながら、ぶつぶつと文句を言い始めたナルトを見てシカマルがくすりと笑った。

「おもしれぇ奴」

「時々、お前ってば…ちっとも分かんねぇってばよ」

「お前は十分過ぎるほど、分かりやすいけどな?」

 それを聞いてナルトはぷうっと頬を膨らませた。

「むかつく…」

 シカマルはナルトの前で、胡座をかいて座る。膝の上に片肘をついて、その上に頭を乗せるとじっとナルトを見つめた。

「言ってみ。何があったんだよ」

「…なんにもないってば」

「嘘くせ〜」

 自分の顔を見ない所がまずおかしい。馬鹿が付くくらい実直で偽りのない瞳は、いつも真っ直ぐにシカマルに向けられている。

「なんか、ヘコんでんだろ?」

 ナルトは渋々と言ったように口を開いた。俯き加減だったナルトの視線だけが、チラリとシカマルに向けられる。

「今日…授業でイルカ先生が言ってたこと、あんま分かんなくって…」

「俺に教えて欲しいってか?」

「シ、シカマルは教え方上手いっつうか、分かりやすいっつうか…」

 伺うようにナルトは、もう一度シカマルを見る。世間一般で言う上目遣いで見ている事になるのだが、もちろんナルトにはその意識はない。シカマルはわざと大袈裟にため息をついた。

「やっぱ、めんどくせぇよな?」

 シカマルの口癖を口にして、ナルトはしゅんと肩を落とす。

「だから、分かりやすいってんだよ。お前は」

 いいとも悪いとも言っていないのに、先走りして勝手に答えを決めて落ち込んでいるナルトの姿は、傍から見ている分には十分面白い。ころころと変わる表情を見ていると、飽きる事がないのだ。

「おい、ナルト」

「ん?」

「顔、あげろよ」

 ナルトはシカマルの言葉通りに顔をあげる。その瞳の色は、いつも澄んでいるアオ。シカマルの好きな色。太陽の光に反射して、透き通る色で真っ直ぐに見つめられるのが好きだ。時に光の加減で灰褐色に見える事もある。そんな事は、ナルトの事を見ない連中は知らないだろう。

きっとナルト自身も。

「今から俺ん家来い」

「え?」

 ナルトが驚いたように目を丸くする。

「……めんどくせぇけど、教えてやるって言ってんだよ」

「あ…いや、でも…」

「うるせぇババァがいるけど、勉強すんなら文句はねぇだろ」

 ナルトは考え込むように、俯いた。

「教えてくれるのは…嬉しいけどさ」

「なんだよ」

「俺…が、行ってもいいんかな…ってばよ」

 シカマルは眉を潜める。俯いているナルトは、不機嫌に歪められたシカマルの顔には気がつかない。

 ナルトが里の者から、疎まれているのは知っていた。ひそひそと囁かれる噂話。中傷の視線。それを知らない訳ではない。ただ、興味がなかったのだ。アカデミーで出会ったナルトは、馬鹿で正直で、でも真っ直ぐで一生懸命で。いつも、前に進もうと必死だったから。キバやチョウジとつるんで4人で遊ぶ放課後も、結構楽しい。だから、両親にそれとなくナルトの事を聞いてみた事はあったのだが、話を上手く反らされてしまった。だから、気にしない事にしたのだ。シカマルが自分の中で出した答えは「知らなくていいこと」だと言うこと。ナルトのバックグラウンドなんて関係ない。ナルト自身を見て、付き合っている。

「なに遠慮してんだよ。お前らしくねぇな」

「俺だって、人並みに遠慮くらいするってばよ!」

「だから、することねぇって言ってんじゃん」

「う…ん」

 先程までの元気はどこへ行ってしまったのか、ナルトは少し困ったように視線を右往左往させている。シカマルは金髪をパシッと叩く。

「ウジウジ考えてねぇで、行くぞ。俺にその気がある内にな。ちんたらしてんじゃねぇよ」

 ナルトが考えそうな事は重々承知だ。だから、強引にその手を引っ張って立ち上がらせる。肩を抱くと、驚いたようにナルトが顔を上げた。覗き込むように顔を近づけると、慌ててシカマルと距離を取ろうとする。

「それに、さっき駄賃はもらったしな」

 にやりと笑うとナルトは一瞬呆けた顔になった。

「なんのことだってばよ?」

 全く意味が分からないのか、まじまじとシカマルを見返してくる。ナルトは本当に気が付いていないのだろうか。興味のない相手にキスしたり、肩を抱いたりしない。付け加えれば、わざわざ自分の時間を割いて、課題の手伝いなんてしない。

「そういや、言ったことなかったっけ?」

「へ?」

「お前のこと好きだって」

 シカマルの言葉を聞いたナルトは見事に真っ赤になる。慌てたように口をぱくぱくさせながら、辺りをきょろきょろ見渡す。もちろん、誰の姿もない。

「そんなこと……知ってるってば」

 もごもごと喋るナルトをおかしな気分で見つめた。

「オレだって、シカマルのこと…」

 強気な姿勢を見せるナルトに、シカマルはふっと笑う。

「鈍感なナルトのことだから気が付いてないんじゃねぇのかと思ってたけど?」

 もちろん、嘘八百。言い換えるならば、嘘も方便だ。ナルトはからかいを含んだシカマルの声に、視線を背ける。

「シカマルは、オレのこと誤解してんだってばよ!」

 さすがにキスされれば、自分に向けられている好意の意味にも気がつく。最初はからかわれて、冗談の延長だと思っていたスキンシップも、過度になれば嫌と言うほど、その意味を意識する。でも、それを言葉にしてあっさり否定されるのが怖いから、口にしなかっただけのこと。誰かに嫌われるなんて慣れていたはずなのに、目の前の彼にはそう言われたくなかったから。

「お前、もっと自信持てよ」

 思いつめたような顔を見せるナルトの考えそうな事など、手に取るように分かってしまう。

ナルトという存在は、自分の中の絶対の世界の中に無防備に飛び込んできた。そして、いつの間にかシカマルの中に居座ってしまった存在。

 絶対の青と白の世界に、金色の光が飛び込んでくる。それを、無意識の内に受け入れ手放したくないと思ってしまった自分に気が付いてしまったから。

「手放す気はねぇけど…」

 本気が口からこぼれる。別にナルトに聞かせようと言ったことではないから、呟くような囁くような、独り言のような本志。

「で、来るのか来ないのか?」

 もちろん、ナルトに選択肢はないけれど。一応、確認の為に聞く。

「…行く!教えてもらわないと、マジでやばいってばよ」

 口元を緩めて歩き出したシカマルの後ろを、ナルトが慌てたように付いてくる。その存在が確かめられる距離を保ちながら、シカマルは空を仰いだ。

「ナルトー」

「なんだよ?」

「うちの母ちゃんと親父の事は、気にすんな。肝っ玉だけは据わってるババアとジジイだからな」

 雲が流れていく。

それを見つめながら、背中に感じる気配を感じた。

「ん、……サンキュ」

 小さく礼を述べたナルトの声が、少しだけ嬉しそうだ。シカマルは自然と自分も上機嫌になっていくのを感じた。

 大好きな何者からも侵されない青と白のコントラストに、金色の光が煌く。この青い空を漂う雲のように、万象の流れに身を任せたいと思ってきた。逆らわず、拒まず、ゆったりと。その流れの中に、ナルトもいるのだろうか。ふと考えて、それを止める。先が読めないからこそ楽しい事があると知って。

「…ったく、めんどくせーな」

 頭で色々考えるよりも、本能に従って行動するのも面白い。振り返ったシカマルは、驚いた顔のナルトの唇に掠め取るような口付けをする。

目一杯に開かれた青い瞳には、白い雲が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、私が書くとシカマルのかっこよさが激減してしまうのか…

かなり、痛いです。

もっとクールだよな、シカマルって!(妄想?)

12才頃の、シカナル。…のつもり。